歌を歌うとき

この前一緒に歌っていたとき、大切なことを思い出したの。
「もしかして、歌を自分だけのために歌ってる?」
歌うことを家族の絆のために、伝えきれない言葉を補うために歌っていた人に。
歌っているだけで楽しかった、でももっと楽しいことがあるよって。
だからかな?
あなたの歌が大好きです。お誕生日おめでとう。
                               by春香

初 はるちは「お誘い」


春香さんと千早さん1

   春香とは、あまり外出をしたことがなかった。
   私でも突然どうして?と思う。
   仕事だけの付き合いでしか会わない私達、このままの関係で良いと思っていた。
   それで物事は成立していたから。
   別にドライな関係というわけでもない。以前私が弟のことでゴシップに取り上げられたとき、
   熱心に閉ざしそうな心を引き止めてくれた。
   今でも、あのときの彼女に本当に感謝している。

   とはいうもの・・・私はわがままで、暮らしの中では、それはそれ、これはこれなのである。
   春香もそれを察してか、私のプライベートの時間を割いてまで、食事に誘うことはなかった。
   「千早ちゃんには、何にも無い時間が大切なんだよ」
   ああ、この人と一緒に仕事ができて本当によかったと、そのとき思ったのだっけ。

   「千早ちゃん、この日時間がないなら・・・」
   「そんなことないわ、レコーディングスタッフの方が気を使ってくれたから、2、3日は暇よ」
   「え!それじゃあ、歌を録った後お休みするんじゃないの?」
   「どうかしら、予定は決めてなかったから」
   「三ヶ月ぶりの休みなのに?」
   「私のプライベートなんて、そんなものよ」

   言っていてちょっと、寂しいとは思ったが、それもすべて真実だ。
   特に休日だからといって、旅行する家族もいなければ、
   休日を歌の練習に当てていたのが当たり前だった私にとって、休日なんてそんなところだ。

   「なに?」
   「うーん、でも・・・せっかくのお休みに私なんて」

   思わず笑ってしまった。
   私なんて、実に春香らしいなと思った。
   私の歌を救ってくれた人、私のこころを開くのを待っていてくれた人。
   恩人に時間を割くのは、一般的に考えても普通のことだと思う。
   だけど、春香はどうやらその自覚が無いらしい。

   「どこか行きたいところがあるのでしょう?」
   「千早ちゃんのそばにいれればいいの」

   えっ、私のそばに?
   理由を尋ねようとすると、そういう意味じゃなくてっ!と春香は顔を真っ赤にしながら、
   オーバーリアクションで首を振った。
   また、いつものように感情だけで言ってしまった発言に自分でも驚いていた。
   でも春香、そんなに否定しなくても、いくら私でも少し傷つくわ。

   「だからね、千早ちゃんがそばにいてくれることが休日の予定なの」

   あれ、違うかな?と首をかしげる。
   いや、なぜあなたが出かけるのに私が必要なのか。聞きたいのは、私なのだけど。
   日本語って難しいなぁと、先ほどより顔を紅らめながら、声のトーンは上がっていた。
   うしろで小鳥さんが、作業を止めてこちらに耳を傾けているのに気がついた。
   本人は気づいていないかもしれないけれど、向かい合わせのパソコンに、
   にやりと笑った気の抜けた小鳥さんの顔が、しっかりと映っている。
   これ以上の年末の事務処理の延滞は、事務所に迷惑だろうと思い、
   私は助け舟を出すことにした。

   「とにかく、私はあなたのために休日の予定を開けておくわ」
   「本当に!ありがとう、千早ちゃん!」

   家への帰り道。歩きながら、そんな事務所でもやりとりを思い出す。
   春香のために予定を開けておくなんて言ったけれど、
   よく考えたら、恩人にひとつもお礼をしていない
   私が偉そうにいえる義理じゃないわね。きっとこういえばよかった。
   「もちろん、あなたのために開けておくわ」
   これが正解。
   いくらか仕事でおしゃべりやインタビューは慣れてきたと思っていたけれど、
   私の口下手は相当しぶといみたい。
   こんな私なんて、という春香の言葉をそっくり自分に返してやりたい。

   「こんな私と、一体どうしてそばにいたいのかしら?」

ほか二次創作リンク



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