scene #9

〜〜


      夢中になっていると、いつもしてしまうことがある。

      「またやったの」
      呆れたように言いながら、私が零した紅茶を自分の頭に巻いていたタオルでふいてくれた。
      彼女のやわらかい髪が、私の目の前にくると、風呂上りの石鹸の匂いが鼻の奥をやさしく包んだ。
      ふいに、手を止めてじっと一点に目を留めた。
      どうたら、目線の先は私の宿題、明日の作戦表の下書きのようだった。

      「はい、もう大丈夫。これ、そのまま提出するの?」
      「ありがとう。そうよ」

      私は黙々と、書物に目を向け宿題を片していく。
      どうやら私の説教には興味がない様子で、自分の課題に目もくれず話をつづけた。

      「いつのまに、こんなにやさしい作戦が立てられるようになったのかしら。いえ、元々それを持っていたとか・・・」

      彼女は私が書いた戦略表に手を載せ、ある文字を指差した。
      私は当たり前のようにそれを読み上げた。『基本的には戦闘中も隊員の感情も気にかけること』とそこにはある。
      一体なにが言いたいのか。
      尋ねるようと報告書を手にしようとすると、その前に作戦表を彼女に取り上げられてしまって、
      手に乗せひらひらと、お話に出てくる貴婦人の団扇のように書類を掴んで煽いだ。

      「あなたは一度もこの表にしたがったことがない」
      「見てもいないのに」
      「わかるわよ」
      「曲がっても、わたしは部隊長なのだけど。まるであなた達の命を軽視しているみたいね」

      きつめに言ってしまったかしらと思って、少し後悔しながら彼女を見たら、
      彼女は大きなあくびをひとつついて、課題である包帯巻きと消毒液10秒訓練を開始した。
      自身の足首にスプレーをふりかけるふりをして、それからぐるぐると巻いていく。

      手馴れたもので、それを巻いては解いて、また巻いて・・・何度も繰り返す。
      教官から言わせると、クラスで一番遅いのだと聞いたけれど。
      これ以上の速さなんてあるんだろうか、衛生兵のクラスはいまひとつ理解できない。
      その手際のよさにしばらく見とれていると、彼女は作業をしながら語り始めた。

      「いずれ上に目をつけられるわよ。志しがあるでしょけれど」

      志し・・・・やはり何をさしているのかわからない。私は首をかしげながら、そのまま顔を伏せた。
      私にこんなに悩ませる議題を投げかけたというのに、彼女は気ままに訓練を再開していた。
      彼女の思わせぶりな発言にはなれたが、今日のはまた格別に理解を超えたのだろう。
      私は思わず、深いため息を堂々と、彼女によく聞いてもらえるようについた。

      ・・・・ふふっ、と彼女は笑うと、包帯をほおり投げ、
      私の宿題である明日の予行訓練作戦表を手早く折りたたんでいった。
      あっという間に、それは何かの形となり、みるみるうちに鳥の形式に変わっていった。

      「折り紙。今じゃあの国は、折れない子がほとんどになっちゃったけどね」
      故郷のことをいっているのだろうか。
      彼女は手にした鳥に息吹を吹き込むと、ふっくらとふくらみを帯びた白鳥のような形になった。
      はい、と私に手渡す彼女は少し得意げだった。

      何千年という深い独特の歴史があるあの国で、実際に一般的な文化と離れた習慣があるそうだ。
      紙を折りたたみ人にあげるという習慣があってもおかしくはないが、私の作戦表であることに間違いないわけで。
      そしてそれは、きっと取り戻しても、提出するに相応しくないシワだらけの紙に、なってしまったに違いない。

      「もう。これ、どうやってひろげるのよ」
      「ふむん、優等生の答えを書け。命惜しくばな」

      今のは私のクラスを受け持っている教官の真似。
      私の選択クラスの授業などにでたことないのに、よく真似ができる。
      「書き直さないと、何度でもその紙を折るわよ」

      謎かけのような話し方をする彼女は、同じスカイクルーの練習生でルームメイト。
      いつもこうして私を困らせては楽しんで、厳しい訓練のストレスを発散させているに違いない。
      ほら、また思い切り白い歯を見せて笑った。

      あの顔を何度みたか、悔しいくらいに気持ちよさそうに笑う。
      憎らしくて、無いものねだりみたいに、私は何度もみとれてしまう。
      なんにせよ、今夜も彼女に振り回されそうだ。





      「ふむん。いい作戦表だ。この後の作戦任務、気を抜くな」
      「了解」
      初めての模擬戦を兼ねた実践惑星遠征の前だというのに、
      昨日の彼女がまねた教官を思い出して、思わず教官の前で笑ってしまいそうになる。

      結局、昨夜は彼女がうんと言うまで作戦表を書き続けた。
      本当は私の考えを書かなければいけないのだけど、
      彼女の巧みな話術と、教官のモノマネでごまかされて、『優等生の考える作戦』を提出する運びとなった。

      私がなぜ、そこまで折れたかというと、結局のところ、作戦表はただの机上のものであり、
      頭の中で描いていれば、実践で行えるという考えが行き着いたからだ。
      それにしてもほんとう、あの言葉遣い。よく似ていたわ・・・。

      私は所属する部隊班のキャンプのトランクラーに戻り、作戦表を壁に貼り付けて説明を始めようと、咳払い。
      いや、なぜこんな慣れ親しんだ仲間なのに、緊張が走るかというと、それはひとえに
      我が班の個性的なメンバーの点呼確認のせいであるからだ。

      「点呼、一人づつ開始」
      一人女の子が、華奢な踊り子のようにひらりと立ち上がった。
      「補給作業、今日はがんばります。隊長」

      「名前を言いなさい、カレッタ」
      「はい!」

      体が華奢なのは、出会ってからだけれど。
      まさか、この訓練基地のある惑星の気候が合わないのだろうかと、つい心配してしまう。
      「うちの部隊のマスコットをいじめないでくださーい」
      まるで小鳥をいじめているような言い草だ。
      そうだ、二の一番で隊員の体調を察する彼女が、この子のことを一度も心配したことがない。

      人の体調変化には恐ろしく洞察力を働かせることができるというのに。
      あえて会話の話題には出さないが、彼女が言う特殊な能力以外にも、
      生まれ持った独特の・・・いや、あえて野生の感というべきか。
      私は彼女の天から授かった才を信じることにした。うん、問題はこれで解決。
      作戦に集中しよう。

      「衛生兵の・・・」
      「以上、点呼終了」
      「ちょっと!」
      ただでさえ眠いのだ。毎回恒例となっている彼女の点呼漫才は封鎖することに成功した。

      これから作戦地区への移動を含めて、二日間。意識を集中させなければいけない。
      他の隊員が私をうっすらにらみ口々に言いたい放題、
      またいじめるのねなどと、気が短いななどと。こんな言葉ももちろん、黙認である。

      「隊長。わたくし達は、例の惑星にある情報機関の敵潜入阻止を一部お手伝いするのですよね」
      「そうよ、カレッタ。作戦のことだけど、あなたの補給は少し・・・」
      「ちょっと待って」

      まだ先ほどのことで絡む気なのか、さすがに今回は模擬戦だとしても、三日間という長期の作戦。
      気が抜けて大事がいたっては困ると考え、私は隊長としてしっかりと説教することにした。
      少しテントを出て、二人きりで話をしたほうが良さそうだ。私は彼女を外へ誘い出し、切り出した。

      「あなた、わかっているの?これは潜入作戦なのよ、いつもより命の危険だって・・・」
      (馬鹿、大きな声を出さないで)
      (他の部隊は遠くにいるのよ)
      (あの子に聞こえてしまうでしょう)

      いや、むしろ行き過ぎた冗談を注意する言葉を一緒に聞いて欲しいくらいだと一瞬思ったが。
      あの子はあまりにも精神的にはとても繊細だ。
      作戦初日で気を落としてしまっては色々と問題が生じるのは目に見えていたわけで。
      私は今回も彼女に合わせることにした。

      (まだ何か?)
      (彼女のいいところ、言ってみて)
      (何よ、いきなり)
      (いいから!)
      (ちょっと、顔を近づけないで。驚くでしょう)
      (言って)

      勢いに圧されて語り始めた訳ではないと、こころで言い訳しながら、私は彼女の問いに答えた。
      補給を呼び出さなくても必ず既にそばにいること。
      手渡された物が必ず今必要としている物のことについて。
      そして、何より失敗したことに対して必ず練習してから帰宅することだ。

      あっ・・・・・そうか、そういうことだったのか。いいや、気がついてしまった。
      (わかってるじゃない。その気持ちが、今一番必要なのよ)
      私の表情を読みとって何かを察したのか、一人テントの中へ戻っていった。

      呼び出した私はただ、一人残され夕暮れの虚空をみつめていた。
      みつめた視線の中に、あの子が現れた。
      どうやらあの憎たらしいお節介の衛生兵は、気を利かせたようだった。

      「あの、何か御用ですか?」
      「・・・そういうことでいいわ」

      「わたくし自分が補給作業が遅いことはわかっています。
      作戦中もイメージトレーニングでも作戦練習でもなんでもします。だから」
      「そうね。私の言いたかったことはさっきまでそうだった」

      「どういうことですか」
      「今日は、とりあえず忘れなさい。
      私は今あるあなたの力を信じてる。私達はあなたが必要なの、それで十分よ」

      あの子はすっかり瞳を開いて、しばらく私の黒目をみつめるた。すると途端に泣き出したではないか。
      その泣き声はとても大きな声だったらしく、潜めていた鳥たちが一斉に飛び立つ。

      「あれ、わたしせっかく・・・もう、いじめちゃだめだって言ったでしょう?」
      いきなりテントから飛び出て一つ説教。あの子を抱きしめて二度目の説教。
      でも、私は何も言わないで一人作戦をまとめると言い残して、テントに戻った。

      彼女が思っていることがそうではないと、言い訳しそうになったが、これはこれでいい。
      なぜなら・・・・・・とても、とても、あのセリフをぶり返すのが恥ずかしいからだ。
      らしくないと、きっと笑われるに決まっている。

      「ええ!?そんなはずかしいこと言ったの!?詳しく聞かせて」
      ほら、想像通り。
      テントの外の楽しい会話は深夜まで続きそうな勢いだった。





      ある衛星軌道にのった小さな惑星に降り立ってから半日、私達は数ヶ月前から計画していた
      私達を目の敵にしている彼らがこの惑星の銀河系衛星通信局を強行返還を実行するために、
      いきり立つ聞えない声をしのばせながら施設へ入った。

      衛生施設から、臨時惑星本部で過ごした穏やかな言い争いからほんの数時間、
      私達はただの人間同士のけんかが大きくなってしまったなにかに飲まれていった。
      スカイクルー達が先陣を切ると、その後本部を叩こうとする彼らの動きを足止めするべく、
      私達学生は武器の補充を食い止いとめるため、激しい騒音の中、彼らと向き合っていた。

      「衛生兵!」
      「大きな声出さないで、聞こえてる」

      声の方角を狙って、大きな爆音と強い風圧があたりを砲撃する。
      鼓膜を破かないように、音の衝撃に合わせて口を大きく開き、鼓膜が破れることは避けられたが、
      やはり耳の奥が刺すように痛んできた。
      近頃の戦状はこんなに激しくなったのかと、去年の初投入された作戦を思い出す。
      あの時は音が出る武器を使い、センサーを掲げて相手に向かっていき、
      そして玉砕時にはもれなく胸に「敗」と、浮かび上がってくるとても練習生らしい戦いだったはずなのに・・・

      「来たわ。どこを初めに打ったの?」
      「おかしいわ。痛みを感じていないようなの」
      「・・・・・・・・・・・・」
      「敵兵の様子が変わる前になんとかしないと・・・どうしたの?」
      「―――攻撃はいいから、この子の手を握っていて」
      「どうして」

      血迷ったのかと、本気で思った。
      しかし、彼女の目はどこまでも真剣で、私はあの子のふるえる瞼に思わず手を載せた。
      載せたまま、私は片手で銃器を向ける。
      決して全て賛同したわけではない。ただ、自分の気持ちを押し殺してしまうほど余裕が無かったから。
      仲間の苦痛を見て思考を整理する時間が惜しかったから、この子に触れているのだ。

      わかるでしょう、あなたなら。私の気持ちが。
      私は目に伝わらない想いを込めて、彼女を思い切りにらんだ。

      「いいわ。私はいつだって嫌われ役のようが向いてる」

      彼女はあの子の腕を見ながら、ほんとうに悲しそうな顔をして、手当てを始めた。
      そんなに悪いんだろうか、あの子の腕。
      だとするならば、明朝の朝まで衛星が起動に回ってこれない時間をどう過ごすか考えなければ。
      私は片手で、援護射撃を続けていた。
      だめだ、照準が合わない。それに、ただでさえ合っていないのに、手から彼女の高くなっていく鼓動を感じると、
      ますますおかしな方位へ発砲を繰り返してしまう。

      「―――もういいの」

      激しい爆風と、銃声の音で掻き消されそうな声のはずなのに、
      なぜかその言葉は暗く深く影を落として、静かに耳に届いた。
      一瞬誰の声かと思ったが、私の眼差しは目の前にあるなにかで。
      横たわるあの子を見つめることはできずにいた。

      しかし、私の視界に彼女の瞳が映った。私は必死に持っていた片手を思わず下ろす。
      どうしてかって。それは、目の前の彼女がこちらをまっすぐみつめたから。

      不謹慎だ、私は。彼女の目を始めて見つめたことに感動を覚えた。
      最悪の出会いを果たし、振り回されてばかりの彼女と、こんな状況の中で。
      ずっと見えない薄いやわらかな壁が剥がれていくのを感じた。
      今、この瞬間。私は戦闘中に初めて、こころの中心から繋がることができた。

      あの子の流れる眼差しに任せて、私は目線そのままあの子に向ける。
      私はついに、戦闘を一時放棄した。

      「あなたが隊長でよかった」
      「なぜそんなことを言うの?」
      「同情じゃない。違うの・・・だって・・・・・」

      それを聞いていた彼女は手を止めて、なぜか巻き終えた包帯を解きだした。
      解いたあとに見えてきたのは、素人の目には致命傷とも思えないちいさな蒼い傷口だった。
      だが、なぜだろう。私達はどこかこころの奥底でわかっているのだ。これがしかたのない事実だということを。
      彼女はその傷に手を置いて、また手の上に額を乗せて、祈るようにこうつぶやき続ける。

           〜ねえ、あのそらが見える?あのそらには希望が浮かんで光ってる。
             ねえ、輝きが聞こえる?あのそらには輝くものが誰かに伝えている。〜

      歌が聞えてきた。こんな状況で?
      いや、こんな状況になればなるほど、彼女はいつだって冷静だ。
      大切なものために、一番できることを先に考える。
      なら、なぜあのときの歌を歌うの?

      「やめて!」

      かっと私は頭を炎に入れたがごとく、意識が熱くなるのを感じた。まなざしが熱い、こころが熱い、涙が熱い。
      認めなくない状況に対しての感情が、いつのまにか、銃など捨ててあの子から彼女を振り払おうとした。
      言わないで、それ以上は。本当にそれが最後の別れの言葉になってしまいそうだから。

      しかし、彼女はがんとしてあの子から離れない。
      強く、強く、何度も引き剥がそうとすればするほど、あの子から離れない。
      あの子はそっと微笑み、目を閉じてゆっくりと深呼吸を始めた。まるで、寝室で眠るようにリラックスをして。

              〜どうか愛する人たちが穏やかに過ごせるようにと
                     私はこのそらからあなたを待っている 〜

      あの子は何度も息でありがとうを吐き出す、祈る彼女の頭を優しくなでて。
      私の涙は彼女の指で拭われていく。

      そんなこと、そんなことあってはならない。
      まだ生きてる、まだまばたきをしている、私をみつめている。
      私はなにか見えない大きな迫る暗闇に対して、今まで隠していた本能をむき出した。

      私達は生きているのだ。迫る暗闇など振り払って、あの穏やかな時間をもう一度感じれる。
      お別れの歌など聞いている暇はないのだ。
      より速く、あのときへ帰るために、目の前にいるなにかに向き合わなければ。

      けれど、片手から感じる鼓動はどんどん早くなっていって。
      あの子が私の触れている手を優しくなでたとき、知りたくない事実が胸の中に入っていく。
      ああ、なにをしているのだろう。
      あの子は私達をやさしく見つめているのに、私はこんな瞳であの子を見つめている。

      次第に私は悟っていった。
      私の思考は穏やかに、そして冷静になり、取り戻すあの時間よりも、
      今必要なのは、私達の部隊から離れていくあの子の最後の時間を守るため。
      彼女の大きく上下する胸にそっと手を乗せながら、銃を片手に再び構えた。
      今度はあの子の大切な時間を守るため、迫る敵を撃ち続けることを決意した。

          〜あなたの悲しみが癒えたそのとき現れるわ
                 あなたの前に星粒を集めて話すの 〜

      何もかも理解して、何もかも否定しないで、彼女はゆっくりと歌いつづける。

           〜私達の素敵な出会いの物語を
               何度も笑って何度もあなたと・・ 〜

      祈りの言葉など知らない私の涙さえ、綺麗に拭うあの子の手はとても華奢で綺麗だと思った。
      こんな状況で、こんな場面だったから。
      最後に聞こえてきた小さなこえは、あれは幻聴だったかもしれない。

      「信じて・・・くれたから・・・・」

      その後、救護班にあの子をまかせて、私達は戦闘をこなした。
      残念なことに我が部隊は一番の撃墜記録を残し、戦いの地を去った。
      あの子の状況は、私達が考えていた最悪な選択を選ばず、幸い命を取り留めることができた。

      意気揚々と私たちがあの子の元に駆けつけると、
      あの子は恐ろしいほどの数でつながれた何かのチューブの中で、目を瞑っていた。
      死ぬことも、生きて歩くことも、想う事すら半ば。
      分厚い大きなガラス越しで、どこか遠くからあの子をみた私達。

      遠くの眼差しで見た隣の彼女が突然、目を思い切り瞑って口元を手で覆った。
      隣を振り向いたわけではなかったけれど、ガラス越しに彼女を盗み見る。
      彼女は泣いていた。

      いつも盗み見るガラス越しの美しい姿の彼女は、今はただの女の子。
      そんなギャップに私は混乱してしまって、彼女を直視しないまま、そっと背中を撫でた。
      私達は二度と忘れはしない。このなにもかもを背負って、戦い抜くのだろう。





      「あなたは正しかったのよ」

      切り出したのは私の方。
      おしゃべりできてないルームメイト同士、久しぶりにお互いの顔を見た。

      ごろんとベットに横になり雑誌を読んでいた彼女は、冗談めかしく大げさに足を振り上げ、
      そのまま起き上がった。むすっとした顔つきで、私をかわいらしく睨むと、雑誌を差し出した。
      それはほんとうに興味が無い、政治や芸能人のゴシップ雑誌だった。

      雑誌を受け取ると、とりあえず目にかけてみる。
      何も語りださない彼女に対し、中も開かないでちんぷな言葉の羅列を読み上げるなどしてみたが、
      やはり彼女は明確な意見を何も発しなかった。

      「世の中の正しさなんて、雑誌に書かれているそんなものよ」
      「でもあなたは正しかった」

      「そうかしら?あなたはわたしの言う通りせず、武器を離さなかった。だから・・・」
      「私がカレッタと同じようになるのが怖がっていただけかもしれないわ」
      「でも、わたしとあの子を最後まで守ってくれた」

      彼女は私が持っていた雑誌を横目に見ると、私が読み上げたちんぷな言葉を
      もう一度読み上げるように私にお願いをした。
      私はなぜだか、ひどく落ち込んでいる彼女に対し何もできないでいる自分がはがゆくて、
      懸命に彼女の問いかけに問いかけようと、頷いた。

      「小規模な戦闘が宇宙空間で行われ・・・」
      「調和」
      「世界第一衛生科学開発者の浮気相手は年上の・・・」
      「一筋」
      「光化学エネルギー開発における横領における・・・・」
      「分け合い」

      「窃盗事件は?」
      「ほどこす」

      その切なそうな声に思わず声かけなければ、胸が張り裂けそうになる自分に、一年前の私はきっと驚くだろう。
      彼女の一気一様など、気にしない様していたあの頃の自分に。
      私はそんな衝撃をここに秘めながら、優しくできるだけ小さな気遣いで、彼女に語りかけた。

      「そうね。暗いことばの後に、
      必ず反対の言葉があるのに・・・つい、私達はこちら側ばかり気になってしまうわね」

      耳元で懐かしい風を感じる。
      そう、自転車で転びそうになった私を助けた彼女の起こした風。
      左右もわからないまま吹いてきたあの風が再び感じる。
      時同じく、私はやはり左右がわからぬまま、抱きしめられていた。

      「どうして、いつも諦めないで、わたしの中に入ってきてくれるの」

      強く、腕に力を込めて、彼女は呟いた。
      彼女になすがまま抱きしめられてる。そして、ひとつ疑問が浮かんだ。

      こういうときは、抱きしめ返したほうがいいのかしらと。こんな状況でそんなことを深く考え込み、
      しばらくそのままだったが。次第に、いまこの状況で質問に対し何もしないで答えるのは、
      なんともセオリーでないことくらいは私にも理解できてきて。
      私はそのまま抱きしめられながら、この背中に腕を回し言葉を続けた。

      「決して消えない思い出で、こころが冷え切ってしまったのなら。
      数え切れないくらいの暖かな思い出をつくればいいのよ、きっと包んで込んで冷え切った思い出を暖め合える」