二年目の前期が終わろうとしていた二日前。私達はいつぞやのように、故郷の星へ一時帰還が許される。
これもまた、いつぞやのように少し浮ついた、なにか普段の学生らしい表情と廊下で何度もすれ違い見かけた。
そんな中、、残念な知らせを聞いた。
後輩達が、全滅したのだ。
他の作戦内容など、私達は普段自分の学生生活を全うするだけで精一杯なはずなのに、
上官たちにつめ寄って、起こってしまった作戦内容を把握しようと、多くの学生達が駆け寄っていた。
みな一番に出した質問は、状況把握。なぜ、どんな作戦中に、どうしてこの結果になったのか。
同情ではない、次こそ我が身に。そしてやっと絆ができた仲間のために。
情報が交叉するなか、私は思わず手袋をはずし、自分の手をみつめた。
はたして、あれは夢だったのだろうか。
あの幼い女の子が、少しづつ成長していたとはいえ、まだ年も半ば。
首席で通った、自信に満ちる背筋を伸ばし歩いていたあの面影。
戸惑ったことに対して素直に詫びるその手に触れたのは。あの思い出は一体なんだったのだろうか。
私は騒がしい廊下を静かに歩き進める。
クラスメイト達の後姿や横顔が何度も表情を変えて、目に映る。
たった三年しかないこの学校は、また学年ひとつだけになってしまった。
慌しい教官達を通り過ぎ、私は一人部屋の扉の前にたたずむ。
落ち着かなければ、せめて彼女の前だけでもと。どうしてそう思ったのか、自分の思考を理解できないまま、
深呼吸をして、覚悟を決めて扉を開けて入った。
目の前で感じる全てに、私は疑問を持った。考え抜いてけれど、答えはみつからなかった。
はたして、今日はなんの日だっただろうかと。誰かの誕生日であっただろうかと。
「おかえりなさい」
嬉しそうに、彼女は笑っていた。
台所からは、なにやら、甘い香ばしい匂いが立ち込めてくる。
オーブンを見ると、大きなパンケーキが私の思考とは裏腹にゆっくりと回っていた。
私の思考を混乱させた張本人はなにやら、夢中になって紙を切り、輪を作って続々とつなぎ飾りを作っていた。
さきほどから騒がしい、彼女に問いかけようとした私の理性が、
胸のなかにある直感で感じる何か。そう、本能がこの作業に横やりをいれることを強くこばんでいた。
胸の中心にはただ、冷え切ってしまったこころが、
生き生きと夢中でかけめぐる彼女をみつめたいという願いが、私の中にしんと深く入っていく。
私は質問することをやめて、部屋感じる全てに五感で理解することを選んだ。
目を閉じて、香ばしいパンの香りを吸い込む。
私の両親はとても厳格だったが、近所に住んでいたおばあさんが、
よく私になにかを差し出してくれたことを思い出した。
あれはなんのお菓子だったのか、買ってきたものではない手作りだったのは子供の目で見てもよくわかった。
そうだ、気が付くとおばあさんは家からいなくなっていて、葬式が行われていたんだ。
悲しい顔で写真を囲んで。
子供のころ、それにとても違和感を感じた。
「なんだって、悲しい思い出ばかり口にするのかしらね。良い思い出だってあるのに」
彼女は夢中になりながらも、私に答えをくれた。
ああ、そうだった。悲しむ人たちがそこにいるのなら、一体だれがあの子達が生きたことを喜んでくれるのか。
あんなすてきな人のことを、どうしてずっとないてばかりいるんだろう。
そんなこと、おばあさんは望んでないことなんてわかることなのに、と。
昔思ったあの時と同じ感覚を思い出す。
彼女の答えは大切な暖かな思い出が、この混乱の中で再び私の中でよみがえってゆくことをうながしてくれた。
彼女に聞いたわけではないけれど、もしかしたらもっと深い意味があるのかもしれないけれど。
せめて、私たちだけでも、彼らを思い出し、笑いあおうと。そう言っているのではないだろうか。
ほほを緩めて、私は彼女の隣に腰掛けると鎖を繋ぐ作業に取り掛かった。
見れば一つ一つに名前が刻まれている。机には写真がある、在学者掲示板をカメラで撮ってきたのだろう。
手伝おうと隣へ腰掛けると、あっと彼女がのどの奥で、小さく驚嘆の声を発した。
理解したことを微笑だけで伝えると、彼女は感じてくれたのか小さく頷いた。
それからの私達は、大きなパンケーキを食べながら談笑した。
彼らがいかに面白い思い出を残してくれたのかということを、何度も、何度も。
廊下で聞こえてきた世間知らずな生徒の発言、真面目すぎたため叱られた意味さえわからない可愛らしさ、
巡り巡って日々を過ごし成長を続ける姿。
彼女は一通り話の全てに笑い通すと、立ち上がって一曲披露すると謳い文句をはじめた。
即興で先ほど自分で作ったのだという。
私も勢いで、さあさあと彼女を促し、鼻歌でリズムを刻む彼女に合いの手を入れた。
まるで星が彼女の歌に引き寄せられたかのように、彼女の髪にひかりを集める。
もしかしたら、今までみた彼女の姿で一番気高く、綺麗だったと思う。
歌詞は彼女の国の言葉で歌われた。独特であり、よく理解できなかったが。
瞳の色がとても鮮やかで、その目は遠い小さな窓から覗ける
星空と同じくらい、深い影と綺麗に輝くなにかが、見え隠れしていて見えた。
同じ歌を何度も繰り返して歌いながら、そらから目を離すことはなかった。
私はというと、あの星空をいま見てしまったら、せっかく穏やかになった悲しみの涙が溢れ出しそうで。
彼女の瞳に映るそらから彼らを想うことにして、歌う間ずっと彼女の瞳をみつめていた。
歌を聴いていると、案内したあの子の顔が、フラッシュのようにぱちっと頭の中に現れた。
それが現実なのか。私の思い出なのか。それでも問いかけないわけにはいかなくて、私は言葉をかけた。
可愛いひと、あなたのかわいい思い出を忘れないわ。
ねえ、あのそらが見える?
このそらからあなたを待っている
いつでも出会いたい でも まだだめ まだもうすこし
あなたの悲しみが癒えたそのとき現れるわ
私達の素敵な出会いの物語を
何度も笑って何度もあなたと・・