scene #8

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      二年目の前期が終わろうとしていた二日前。私達はいつぞやのように、故郷の星へ一時帰還が許される。
      これもまた、いつぞやのように少し浮ついた、なにか普段の学生らしい表情と廊下で何度もすれ違い見かけた。

      そんな中、、残念な知らせを聞いた。
      後輩達が、全滅したのだ。

      他の作戦内容など、私達は普段自分の学生生活を全うするだけで精一杯なはずなのに、
      上官たちにつめ寄って、起こってしまった作戦内容を把握しようと、多くの学生達が駆け寄っていた。
      みな一番に出した質問は、状況把握。なぜ、どんな作戦中に、どうしてこの結果になったのか。
      同情ではない、次こそ我が身に。そしてやっと絆ができた仲間のために。

      情報が交叉するなか、私は思わず手袋をはずし、自分の手をみつめた。
      はたして、あれは夢だったのだろうか。
      あの幼い女の子が、少しづつ成長していたとはいえ、まだ年も半ば。
      首席で通った、自信に満ちる背筋を伸ばし歩いていたあの面影。
      戸惑ったことに対して素直に詫びるその手に触れたのは。あの思い出は一体なんだったのだろうか。

      私は騒がしい廊下を静かに歩き進める。
      クラスメイト達の後姿や横顔が何度も表情を変えて、目に映る。
      たった三年しかないこの学校は、また学年ひとつだけになってしまった。

      慌しい教官達を通り過ぎ、私は一人部屋の扉の前にたたずむ。
      落ち着かなければ、せめて彼女の前だけでもと。どうしてそう思ったのか、自分の思考を理解できないまま、
      深呼吸をして、覚悟を決めて扉を開けて入った。

      目の前で感じる全てに、私は疑問を持った。考え抜いてけれど、答えはみつからなかった。
      はたして、今日はなんの日だっただろうかと。誰かの誕生日であっただろうかと。
      「おかえりなさい」

      嬉しそうに、彼女は笑っていた。

      台所からは、なにやら、甘い香ばしい匂いが立ち込めてくる。
      オーブンを見ると、大きなパンケーキが私の思考とは裏腹にゆっくりと回っていた。
      私の思考を混乱させた張本人はなにやら、夢中になって紙を切り、輪を作って続々とつなぎ飾りを作っていた。

      さきほどから騒がしい、彼女に問いかけようとした私の理性が、
      胸のなかにある直感で感じる何か。そう、本能がこの作業に横やりをいれることを強くこばんでいた。
      胸の中心にはただ、冷え切ってしまったこころが、
      生き生きと夢中でかけめぐる彼女をみつめたいという願いが、私の中にしんと深く入っていく。
      私は質問することをやめて、部屋感じる全てに五感で理解することを選んだ。

      目を閉じて、香ばしいパンの香りを吸い込む。
      私の両親はとても厳格だったが、近所に住んでいたおばあさんが、
      よく私になにかを差し出してくれたことを思い出した。

      あれはなんのお菓子だったのか、買ってきたものではない手作りだったのは子供の目で見てもよくわかった。
      そうだ、気が付くとおばあさんは家からいなくなっていて、葬式が行われていたんだ。
      悲しい顔で写真を囲んで。
      子供のころ、それにとても違和感を感じた。

     「なんだって、悲しい思い出ばかり口にするのかしらね。良い思い出だってあるのに」
      彼女は夢中になりながらも、私に答えをくれた。

      ああ、そうだった。悲しむ人たちがそこにいるのなら、一体だれがあの子達が生きたことを喜んでくれるのか。
      あんなすてきな人のことを、どうしてずっとないてばかりいるんだろう。
      そんなこと、おばあさんは望んでないことなんてわかることなのに、と。
      昔思ったあの時と同じ感覚を思い出す。

      彼女の答えは大切な暖かな思い出が、この混乱の中で再び私の中でよみがえってゆくことをうながしてくれた。
      彼女に聞いたわけではないけれど、もしかしたらもっと深い意味があるのかもしれないけれど。
      せめて、私たちだけでも、彼らを思い出し、笑いあおうと。そう言っているのではないだろうか。

      ほほを緩めて、私は彼女の隣に腰掛けると鎖を繋ぐ作業に取り掛かった。
      見れば一つ一つに名前が刻まれている。机には写真がある、在学者掲示板をカメラで撮ってきたのだろう。
      手伝おうと隣へ腰掛けると、あっと彼女がのどの奥で、小さく驚嘆の声を発した。

      理解したことを微笑だけで伝えると、彼女は感じてくれたのか小さく頷いた。
      それからの私達は、大きなパンケーキを食べながら談笑した。

      彼らがいかに面白い思い出を残してくれたのかということを、何度も、何度も。
      廊下で聞こえてきた世間知らずな生徒の発言、真面目すぎたため叱られた意味さえわからない可愛らしさ、
      巡り巡って日々を過ごし成長を続ける姿。
      彼女は一通り話の全てに笑い通すと、立ち上がって一曲披露すると謳い文句をはじめた。

      即興で先ほど自分で作ったのだという。
      私も勢いで、さあさあと彼女を促し、鼻歌でリズムを刻む彼女に合いの手を入れた。
      まるで星が彼女の歌に引き寄せられたかのように、彼女の髪にひかりを集める。
      もしかしたら、今までみた彼女の姿で一番気高く、綺麗だったと思う。

      歌詞は彼女の国の言葉で歌われた。独特であり、よく理解できなかったが。
      瞳の色がとても鮮やかで、その目は遠い小さな窓から覗ける
      星空と同じくらい、深い影と綺麗に輝くなにかが、見え隠れしていて見えた。

      同じ歌を何度も繰り返して歌いながら、そらから目を離すことはなかった。
      私はというと、あの星空をいま見てしまったら、せっかく穏やかになった悲しみの涙が溢れ出しそうで。
      彼女の瞳に映るそらから彼らを想うことにして、歌う間ずっと彼女の瞳をみつめていた。

      歌を聴いていると、案内したあの子の顔が、フラッシュのようにぱちっと頭の中に現れた。
      それが現実なのか。私の思い出なのか。それでも問いかけないわけにはいかなくて、私は言葉をかけた。
      可愛いひと、あなたのかわいい思い出を忘れないわ。


      ねえ、あのそらが見える?

      このそらからあなたを待っている
      いつでも出会いたい でも まだだめ まだもうすこし
      あなたの悲しみが癒えたそのとき現れるわ

      私達の素敵な出会いの物語を
      何度も笑って何度もあなたと・・





      三年目の浮気と彼女は言った。
      何かの諺だろうか、彼女は変なところで博識だ。
      私はその意味を聞くと、
      人は何でも節目というものがあって、その節目をどう乗り越えるかが決まるのが、
      三年目という考えを基にした諺のそうだ。

      私は彼女の説得力ある言葉に、おおと頷くと彼女は満足そうな態度をひとしきりする。
      後に付け加えて話した、私の前以外であまり使ってはだめよということばが気になったが、
      とりあえず、私はあまり諺を使う人ではなかったので、なんとなく承諾した。

      なぜ、こんな話題になったかというと、今週に入って生徒数が激減したのだ。
      あの出来事が起きたせいだけでもないらしい。
      二年いれば通常の護衛部隊専門学校に入った資格をもらえることから、
      その日までと決めていた生徒が多かったようだ。

      しかし仲間との絆が深まり、退学届けは白紙のまま机にしまっていた生徒は、
      仲間と共にこの衛星施設にある訓練学校を去るということで結論を一致したらしく、立ち去るようだ。
      ため息混じりに、彼女は寂しくなった食堂を見回して、嬉しくなさそうに好きなメニューが売切れることなく
      選びたい放題の事実を話した。

      あれ以来、何かよそよそしい挨拶をするクラスメイトに少々の覚悟はあったが、
      まさか学校内の四割しか残らないというのは
      私も想像を超えていた為、こうしてがらんとしたあたりを何度も見回している。

      突然、彼女が、ふふっと吐息まじりに小さく笑い出した。


      「あの、どうして笑っているんですか?」
      「だってカレッタちゃん、わたし達おかしいのよ」
      「そうですか?」
      「廊下ではこっそりあなたは辞めるのかとか。
      一緒に母星に帰る人数を確認したりだとか。日常茶飯事だったじゃない」

      「あれだけのことがありましたから」
      「そこなのよ。自分の部隊の仲間がどれだけ減るかで帰る意思を固めたみたいに言ってるけど・・・
      でもよく聞いていると、それはもう自分の中で答えがでてしまっていることを繰り返しているだけ。
      誰かに連れられて辞めたわけでもないのに、おかしな話だわ」

      「でも、わたくし達は辞めませんでしたね」
      「そう!わたし達ったら、この部隊の誰も辞めないだろうと。頭の中で完結してしまっていて」
      「そういえば・・・・」
      「皆が右往左往しているなかで、わたし達だけはのほほんといつも通りだった。その姿を客観的に見てみたのよ。
      なんとも滑稽よ、わたし達浮いてしまい過ぎよ」

      「天才なんですね、あなたは」
      「褒めことばでいいのよね?」
      「本当です。あなたはいつだってそうやって当たり前の日常を取り戻す。笑ったり、食事したりするこの毎日を」
      「ここが全てではないわ。どんなに努力しても、
      年老いていずれ普通の生活に戻る日が来る。其のときがいつきてもいいように、ね」

      「だからそんなに図太い安心感があるのね、あなたは」
      「いやだわ、部隊長ったら。もうこれ以上褒めないで。それで、あなたはどうなの」
      「一々確認することでもないと思うけれど」

      「部隊長さん、言葉にすることってとても大切かと」
      「言うようになったわね、カレッタ」
      「はい、褒めてください」
      「誰に似たんだか」

      「それで?」
      「良い答えなんて期待しないでよ。私はあなた達がここを去っても、辞めるつもりはないから」
      「つまらない、わたしと同じだなんて」
      「嬉しいです、わたくしと同じで」
      「しばらく、この図々しい部隊にいることにするわ」





      今日は珍しく、現役のスカイクルー達と作業することになった私達は意気揚々と宇宙服に着替え、
      修復計画が遅れている元三学年がいた施設の外壁を修理することを言い渡された。

      修理といっても、何かを直すわけではなく、貼り付けられたチタン看板を取り除くだけなのだが。
      どうやら、在籍中に起きた過去の大きな損傷を受けた護衛母艦の修理に追われていて、
      こちらまで手が回らなくなってしまったというのが事実らしい。

      クラスメイト達は二重にも三重にも繋がれた紐を何十回となく、確認させられてようやく宇宙へ飛び出した。
      久々の施設外任務、無重力空間には星が私達を待っていた。
      ああ、なんて美しいのだろう。

      たとえここで命がなんども終わりを迎えたことを知っていたとしても、
      胸に頂かざる終えない感動が押し寄せる。
      私はスカイクルー達と共に違法に取り付けられた、大きな文字を記した看板を剥がす作業にかかった。

                   『スカイクルーよ、目を覚ませ』
                     『スカイクルーの存在こそ、テロリズムを触発させる』
                 『スカイクルーを目指す若者よ、消えた仲間たちを思い出せ』

      よく誰にも簡素でわかりやすいような言葉が浮かんでくると、優等生で試験を勝ち抜いてきたクラスメイト達には、
      こんな想像力はないだろうと考える。私を含めて。
      だからだろうか、想像力の強いものに私達はいつもやられてしまう。その情熱にいつも敵わない。
      たとえ情熱の向け方が想像を超えた影の支配を受けている星に向けていたとしても、
      それはなかなか難しいことだ。

      私は淡々と作業をする表情を作りながら、自分達の思想と、
      そして看板を貼った闇の支配者たち操られた思想に、困惑していた。
      思い出してしまった。廊下ですれ違う何も知らずに駆け回っていたかれらのことを。
      彼女のお陰でだいぶ、穏やかになった彼らの思い出はまだ少しだけトゲを残して、私の胸にいるようだった。

      つかの間のひととき。美しいそらでの作業は終わった。
      クラスメイトとスカイクルー達は、備えてある衛星施設の入り口まで、
      ゆっくりと泡のような危うい動きで戻っていった。

      その時だった、何か音が聞こえた。
      トントンと、規則的に響いてくるその音は入り口に向かう私を執拗に訴えかける。

      音のないこの宇宙の摩訶不思議な現象に驚いていると、大きな影が私の前を通り過ぎた。
      その影の正体に、私はなぜか、がっかりした。
      この宇宙は見えない何かが支配しているように感じていて、
      その天使のような存在がたった一人深刻に悩む私を励ますため、現れてくれたのではと。
      私の小さな想像力は想いを必要以上に膨らませてしまったようだ。

      ため息混じりに、顔にかぶされた大きなガラス越しに、目で訴える。
      すると彼女は私の背中のロープを指差し、ここだと何かを訴えた。
      もしや、ロープが絡まってしまったのかと私は危惧をして、慌てて後ろを振り返る。
      見ていられなかったのか、彼女は私の肩に分厚い手袋を添えて、ロープがある方向に首を傾けた。
      一瞬、彼女の艶やかな瞳が覗いて見えた。

      目を閉じて、少しだけ唇を突き出し、予想通りカチンとガラスの重なる音。

      彼女は私の目を見つめながら身を離すと、ロープを指差し、
      OKのサインをジェスチャーで伝えると。皆と同じようにゆっくりと空気に浮かぶ泡のように消えていった。
      無意識に、触れられない唇に手袋を添えた。
      しばらくしてから、私の熱をあがっていくことになれてきた私は、確信した。

      私は彼女にキスをされた。


      「あなたってそんなに弱かったの」
      「病人に言う言葉じゃないわね」
      「宇宙訓練兼ねての作業に、久しぶりの外の空気に触れたからって風邪をひくなんて」
      「あなたは丈夫でしょうとも」

      「わたしの血清を使ったら一発でしょうけど、そんなことはしないわ」
      「衛生兵の言葉でもないわね」
      「できる限りの免疫は、自分で作るものよ。何かに頼りすぎてはだめね」
      「覚えておく・・・」

      「―――ねえ、はじめてだったの?」
      「―――そうよ」
      「驚いた?」
      「気が抜けて、こんなになるほど」
      「私も驚いたわ」
      「自分でしたことじゃない」

      「だって、あの時はあなたがあんまりにも寂しそうな背中を見せるから。つい」
      「たしかに、あの時私は少しメランコリーだった。認める」
      「あなたいつも星空ばかり見ていたはずなのに。あんなに好きなはずなのに、そらを見ないで。
       だから私の方を見て欲しかったのよ」

      「その結論至った経緯は何?」
      「あなた、窓からそらがみえるとき、いつもそうだったし・・・
      私の目じゃなくてどこかをぼおとみつめていたり。もしかしてと思って、気づいたの」

      「・・・・・誰にもいわないでっ」

      「さあ、どうしようかしら」
      「言ってもあなたの得にならないじゃない」
      「なるかもしれないわよ」
      「可笑しなことばっかり言って」

      「でも、結果的によかったでしょう。あなたが好きなものに焦点を戻せることができたんですもの」
      「私はあなたのことが好きとか、そういうより、その髪が好きなのよ」
      「それじゃ・・・・わたしのことも好きになってくれる?」

      「それは・・・・・努力してみる」
      「あなたはからかいがいのある人ねえ」
      「やめてちょうだい。私たちはままごとみたいにキスをしただけだわ。
      よく考えたら本当に触れ合ったわけじゃないでしょう」

      「否定はやめましましょう」
      「否定じゃなく、事実を述べただけよ」
      「でも、あれは消せない。わたし達が、初めてのキスだって確信してしまった瞬間は・・・」