近頃、詩を読むようになった。
今までは星の図面や写真などの掲載物、または訓練校での復習をかねた参考書などばかりだった。
たまに故郷を思い出せと、故郷を取った写真集のような旅行雑誌を家族が送ってきたが、
開くことはあまりなかった。
なのになぜだろう。私にはあの星でもう一度、生活を思い出したり、過ごそうとなどしていないのに。
あの星の詩集を読んでいる。それも、恋の詩だ。
共感、とまではいかないが。どこか、憧れのような気持ちで覗いている。
もしかしたら、読んでいるまでいっていないのかもしれない。私は怖がって、こうして本を読むことで
なにか距離をとっているんだろうか。
何に距離をとっているか?それはもちろん・・・・・・
「ちょっと。わたしの詩集、勝手に読まないでくれる?」
「いいじゃない、減らないわ」
「言うようになったわね・・・」
よく読むの?そう聞くと、照れくさそうに背を向けてしまった。
過ごしてきて、もう一年近く経つ。
けれど、こんな恋の詩集を読むような、繊細で弱弱しい彼女には見えないのは不思議だ。
他人の趣味をどうということでもないのかもしれないけれど、
気高い彼女にもこういった恋に憧れがあるんだろうか。
私としては、彼女に似合う恋は情熱的で、どこかで読んだ酒場の女性が
堅物の警官を誘惑する激しいものに近いと思っていたが。
想いをはせるほど、詩集は面白くなる。そんな気がした。
それは、あの彼女がなぜ恥ずかしげにこれを読んでいるのか、知りたくなったからだろう。
「可愛い詩ね。あなたも書いたりするの?」
一向にことばを返さない彼女に、私は少しいらだって。
本を閉じて立ち上がると、彼女の肩に手を乗せた。私の感情を伝えようと言葉に出してみたけれど、
出た言葉はどうしたの?の一言。まったく、ほとほと自分には文才がないようだ。
そのくせ語釈も足りない。
迷える私の想いが伝わったのか、振り向かない彼女が私の乗せた手に手を重ねた。
(答えなければいけない?)
そんな言葉が飛び出してくるような、目を伏せて恥ずかしげに顔だけ振り向いて呟いた。
指先のひとつだけ、私の手に絡ませる。その姿はまるで、詩集から飛び出した淡くはかなげな姿だった。
私その指先から発信される、甘い痺れにはっとした。
この心地は私のどの感情から引き起こしたものなのか。
今までの彼女と触れ合ったときに感じた、安心感。
しかし、今回は違う。これは衝動だ。
これに似たものを感じたことがある。
無重力訓練で軽い衝撃耐性をつけるための訓練で、似たような心地になった。
自分では予想していた方向に、まったく思いもよらない圧が身体を締め付ける。
動きたい、でも動けない。目の前にある上官の手を掴みたい、
でもそれを彼らはきっと許してくれないあの瞬間にとてもよく似ていた。
絡む彼女の手に、私も一緒に指をからませたら、これよりももっと甘い刺激となって自分に沸き起こるのだろうか。
この心地を一人で抑えきれなくて、抱きしめてしまったらもう二度とこんな顔は見られないのだろうか。
私の思考はどんどん、方向を失って、感情を支配されていき、
可愛らしい彼女とは正反対になりながら、じっと彼女をみつめた。
目が一瞬だけ出会った。
しかし、また離れる。
また、一瞬だけ出会う。その繰り返し。
私達はそうしていく中、なにをしていたんだっけと、先ほどあれだけ考えていた悩みは消えてしまい。
馬鹿馬鹿しい自分達にようやく振り返り、ふきだした。
「おかしな人、笑いも怒りもしないで」
「あなたこそ。わたしを目線で追いかけて。いっそのこと、この手でわたし手をつかまえたらいいのに」
宇宙のなかで感じないはずの、風の勢いが私達の背を押した。
勢いは指先にからんで、指先から手のひらへ、腕の付け根まで行くと、ようやく私達は抱きしめ合った。
心地が良い、ずっとこのままでいられたらいいのに。
不謹慎かしら、訓練学校なのに。でも、そんな理屈はいまだけ偉い人たちに預けてしまおう。
やわらかな思考が、かたくなで真っ直ぐすぎた思考をほぐしていく。
今日のこのときだけ、思考は置き去りにして、この時を彼女と共に感じあおう。
「めずらしいこともあるのね。今日は目がはっきりと」
「眠れないの」
「ふうん。熱があるときだけじゃないの」
「まだ、ここに熱が残ってる」
「そ、そう・・・・・」
「眠ってしまったら、なくなってしまう気がして」
「何を言ってるの、寝なさい」
「わたしの身体はとても特殊で、人の熱を少しだけ調節できたりするの」
「それは、どういうこと?」
「たとえば、あなたが高熱を出したとして。その熱で頭の血管を溶かす勢いだったと」
「それは、後遺症になりかねない状態ね」
「ええ。その熱の方向をね、なんていえば・・・そう、川の流れを変えるみたいにできるのよ」
「たとえばどこに?」
「一番そのひとがつめたい場所まで。自分の手先に感じる電気の方向を変えていく。例えば足さきとか」
「驚いた・・・・そんなこともできるのね」
「よく超能力がなんて言っている人たちはこんなかんじじゃないかしら」
「ふふっ。あなたがいうと、きっと特別なことが、特別じゃないみたいね」
「そんなんじゃないわよ。わたし達の神経はほとんど電気だし。これはきっと誰でも持っていると思うの」
「アルバイトで使った、神経系の薬?」
「そうだったかも、昔のことだし。はじめは人に触れるたびにすごく驚いたわ」
「あなたは超能力的な何かまで身につけていたのね。まして、それを操れるなんて」
「面白いのよ?始めは手の触れ方やなで方で変えられると思ったのだけど、そうではないの。
ああ、どうかこちらの方向へと。まるで祈るように切に願うと、ゆっくりと流れてくれるの」
「技術・・・・いいえ、それは気持ちの問題よね?」
「でも事実なの。気持ちほどだれかを救える。
理想を言っているのではないの、わたしにはそれが確かな技術なのよ」
「あなたって本当に未知数な部分が多いこと」
「あなたこそ、わからないことだらけよ。まさか、あんな詩を好んで読むなんて」
「悪かったわね」
「ねえ、あなたもすこし操れるの?今日は少しだけ湯冷めをしてしまったのに、すぐに温まったのよ」
「別に、人肌は一番冷めにくいし、あたたかいでしょう」
「あら、考えてみればそうだった。いやだ、理屈っぽく考えるのはあなたの役目だっていうのに」
「こんな時までからかって。もう寝なさい、明日も眠くなる筆記講習よ」
「わかったわ」
「なら、おやす・・み・・・・・」
「―――今日はこのまま眠ってもいいわよね?」