scene #7

〜〜


      近頃、詩を読むようになった。
      今までは星の図面や写真などの掲載物、または訓練校での復習をかねた参考書などばかりだった。

      たまに故郷を思い出せと、故郷を取った写真集のような旅行雑誌を家族が送ってきたが、
      開くことはあまりなかった。
      なのになぜだろう。私にはあの星でもう一度、生活を思い出したり、過ごそうとなどしていないのに。

      あの星の詩集を読んでいる。それも、恋の詩だ。
      共感、とまではいかないが。どこか、憧れのような気持ちで覗いている。
      もしかしたら、読んでいるまでいっていないのかもしれない。私は怖がって、こうして本を読むことで
      なにか距離をとっているんだろうか。

      何に距離をとっているか?それはもちろん・・・・・・

      「ちょっと。わたしの詩集、勝手に読まないでくれる?」
      「いいじゃない、減らないわ」
      「言うようになったわね・・・」

      よく読むの?そう聞くと、照れくさそうに背を向けてしまった。

      過ごしてきて、もう一年近く経つ。
      けれど、こんな恋の詩集を読むような、繊細で弱弱しい彼女には見えないのは不思議だ。
      他人の趣味をどうということでもないのかもしれないけれど、
      気高い彼女にもこういった恋に憧れがあるんだろうか。

      私としては、彼女に似合う恋は情熱的で、どこかで読んだ酒場の女性が
      堅物の警官を誘惑する激しいものに近いと思っていたが。
      想いをはせるほど、詩集は面白くなる。そんな気がした。
      それは、あの彼女がなぜ恥ずかしげにこれを読んでいるのか、知りたくなったからだろう。

      「可愛い詩ね。あなたも書いたりするの?」

      一向にことばを返さない彼女に、私は少しいらだって。
      本を閉じて立ち上がると、彼女の肩に手を乗せた。私の感情を伝えようと言葉に出してみたけれど、
      出た言葉はどうしたの?の一言。まったく、ほとほと自分には文才がないようだ。
      そのくせ語釈も足りない。
      迷える私の想いが伝わったのか、振り向かない彼女が私の乗せた手に手を重ねた。

      (答えなければいけない?)

      そんな言葉が飛び出してくるような、目を伏せて恥ずかしげに顔だけ振り向いて呟いた。
      指先のひとつだけ、私の手に絡ませる。その姿はまるで、詩集から飛び出した淡くはかなげな姿だった。

      私その指先から発信される、甘い痺れにはっとした。
      この心地は私のどの感情から引き起こしたものなのか。
      今までの彼女と触れ合ったときに感じた、安心感。
      しかし、今回は違う。これは衝動だ。

      これに似たものを感じたことがある。
      無重力訓練で軽い衝撃耐性をつけるための訓練で、似たような心地になった。
      自分では予想していた方向に、まったく思いもよらない圧が身体を締め付ける。
      動きたい、でも動けない。目の前にある上官の手を掴みたい、
      でもそれを彼らはきっと許してくれないあの瞬間にとてもよく似ていた。

      絡む彼女の手に、私も一緒に指をからませたら、これよりももっと甘い刺激となって自分に沸き起こるのだろうか。
      この心地を一人で抑えきれなくて、抱きしめてしまったらもう二度とこんな顔は見られないのだろうか。
      私の思考はどんどん、方向を失って、感情を支配されていき、
      可愛らしい彼女とは正反対になりながら、じっと彼女をみつめた。

      目が一瞬だけ出会った。
      しかし、また離れる。
      また、一瞬だけ出会う。その繰り返し。
      私達はそうしていく中、なにをしていたんだっけと、先ほどあれだけ考えていた悩みは消えてしまい。
      馬鹿馬鹿しい自分達にようやく振り返り、ふきだした。

      「おかしな人、笑いも怒りもしないで」
      「あなたこそ。わたしを目線で追いかけて。いっそのこと、この手でわたし手をつかまえたらいいのに」

      宇宙のなかで感じないはずの、風の勢いが私達の背を押した。
      勢いは指先にからんで、指先から手のひらへ、腕の付け根まで行くと、ようやく私達は抱きしめ合った。

      心地が良い、ずっとこのままでいられたらいいのに。
      不謹慎かしら、訓練学校なのに。でも、そんな理屈はいまだけ偉い人たちに預けてしまおう。
      やわらかな思考が、かたくなで真っ直ぐすぎた思考をほぐしていく。
      今日のこのときだけ、思考は置き去りにして、この時を彼女と共に感じあおう。


      「めずらしいこともあるのね。今日は目がはっきりと」
      「眠れないの」
      「ふうん。熱があるときだけじゃないの」
      「まだ、ここに熱が残ってる」
      「そ、そう・・・・・」

      「眠ってしまったら、なくなってしまう気がして」
      「何を言ってるの、寝なさい」
      「わたしの身体はとても特殊で、人の熱を少しだけ調節できたりするの」
      「それは、どういうこと?」

      「たとえば、あなたが高熱を出したとして。その熱で頭の血管を溶かす勢いだったと」
      「それは、後遺症になりかねない状態ね」
      「ええ。その熱の方向をね、なんていえば・・・そう、川の流れを変えるみたいにできるのよ」
      「たとえばどこに?」
      「一番そのひとがつめたい場所まで。自分の手先に感じる電気の方向を変えていく。例えば足さきとか」

      「驚いた・・・・そんなこともできるのね」
      「よく超能力がなんて言っている人たちはこんなかんじじゃないかしら」
      「ふふっ。あなたがいうと、きっと特別なことが、特別じゃないみたいね」
      「そんなんじゃないわよ。わたし達の神経はほとんど電気だし。これはきっと誰でも持っていると思うの」

      「アルバイトで使った、神経系の薬?」
      「そうだったかも、昔のことだし。はじめは人に触れるたびにすごく驚いたわ」
      「あなたは超能力的な何かまで身につけていたのね。まして、それを操れるなんて」

      「面白いのよ?始めは手の触れ方やなで方で変えられると思ったのだけど、そうではないの。
       ああ、どうかこちらの方向へと。まるで祈るように切に願うと、ゆっくりと流れてくれるの」
      「技術・・・・いいえ、それは気持ちの問題よね?」
      「でも事実なの。気持ちほどだれかを救える。
       理想を言っているのではないの、わたしにはそれが確かな技術なのよ」

      「あなたって本当に未知数な部分が多いこと」
      「あなたこそ、わからないことだらけよ。まさか、あんな詩を好んで読むなんて」
      「悪かったわね」
      「ねえ、あなたもすこし操れるの?今日は少しだけ湯冷めをしてしまったのに、すぐに温まったのよ」
      「別に、人肌は一番冷めにくいし、あたたかいでしょう」
      「あら、考えてみればそうだった。いやだ、理屈っぽく考えるのはあなたの役目だっていうのに」

      「こんな時までからかって。もう寝なさい、明日も眠くなる筆記講習よ」
      「わかったわ」
      「なら、おやす・・み・・・・・」
      「―――今日はこのまま眠ってもいいわよね?」





      目が覚めると、休日の夕暮れ。
      実際にはこの衛星施設には日暮れはないのだが・・・・・
      一応、私たちがいた惑星の時間に則って生活を当てはめると、私は夜でないのに、寝てしまったことになる。
      私はめずらしいことに、睡魔に負けて昼寝をしていたようだ。

      いつも口うるさく、休日にごろごろと昼ごろまで寝息をたてる彼女に言っている私だが。
      いや、あえて言い訳させてもらうと、私がいけないのではないのだ。

      一昨日の夜、彼女が急に寝台に入ってきて、後ろから抱きしめたまま眠ってしまい。
      私はあたふたしていると、落ち着いた彼女の吐息が背から聞えてきて・・・・・と、何をするわけでもなかったが、
      気が付いたら夜明けの時刻。
      その後の講習会を必死で睡魔に耐えて過ごし、通常通りトレーニングメニューを先輩のあの人から教授され・・・
      語りるにはきりがなくなるので、この辺にしておこう。

      とにかく、私の睡魔はとても一度の睡眠で補えるものではなかったというのが、
      今回の昼寝にいたった原因なのだ。別に、休日だから何をしてもいいわけだが、
      どうも昼寝というのは怠けているようで自分を責めてしまう。

      こういうときこそ、彼女を見習うべきかもしれない。
      休日にはほぼ必ず、二度寝をする彼女に。
      そんな彼女にいやみのひとつでもかければ、気が晴れるかもしれないと、
      私は目がすっきりと開かない瞳を見開いた。部屋のあたりを探せど、彼女の姿は見当たらなかった。
      あるのはタンスから洋服を引き出す際に、散乱した残りの衣類のみ。
      はて、休日に予定があるとは聞いていなかったのだが。
      私はいつものように、何気なくちらばった洋服を片付けはじめた。

      「これは癖みたいね」

      いくら言っても直らない彼女のクセのひとつ、洋服を出したら他の服まで一緒に出してしまう。
      それも、開きかけのタンスは次に洗濯物をいれるまでそのままだ。
      私は母によく、家事に対しては気の利かない子だと言われていたが、
      彼女はそれを超えているらしい。どの世界にも、上には上がいるものだ。

      私はため息をつきながら、いつものように世話を焼いてしまって、タンスの前に散らばった衣類を
      元通りにしまっていった。まだ体が眠かったせいか、きれいに折りたたむのが器用にできなくて、
      そのままの形で服を無理やり押し込んだ。

      そのときだった。なにか、冷たい金蔵のようなものにまだ指先が敏感に動かない私の手に触れた。

      「なにかしら・・・・」

      取り出してみると、私の手ほどしかない現状なスチールバッグの形をした入れ物だった。
      私にも彼女のような特殊な能力があるのだろうか、これは開けてはいけない気がした。
      しかし、私も人間だったようだ。思考は中身に焦点を向けてしまい、ここには一体何が入っているのか。
      気になって・・・思考の中に若干残っていた理性で抑えつつ、このバッグを開けずに想像をめぐらせることにした。

      スチールバッグに入っていそうなもの、現金。いや、それにしては小さすぎる。
      他に重要そうなもの、金塊。いや、彼女はそういったものに興味がなさそうだ。
      なら、特殊なPC端末はどうだろう。それもない、彼女の医療機器を使用する際のしぐさはどうみても素人だ。

      「こんにちは、部隊長さん。訓練メニューの打ち合わせをしにきました」
      私はびくりっと、思い切り背中を振るわせた。

      キッチンのわきにかかっているモニターを見ると、扉の前のカレッタが、何もしらずに首をかしげていた。
      モニターに写っていた人が、あの子だとわかると、私は気を緩めてしまい、
      拍子に握っていたちいさなスチールバッグから手を離してしまう。

      ガシャンと、音を立てて床に散らばった。
      中から小さな機械端末が見えた、私は好奇心からではなく、
      彼女がきっと大事にしていたなにかが壊れていないか慌てて確認をするため、
      バッグを開けた。

      そのとき、機械がぎりぎりと音を立てて動きを止めた。
      はみ出たなにかガラスの筒が、少しひび割れて、赤い液体がこぼれていった。
      それを見た瞬間に、私は感じことのないほどの胸騒ぎを覚えた。

      どうして・・・・彼女が、こんな特殊な血液保蔵機器を持っているの?

      次の思想を浮かべる前に、私の足は走り出していた。
      扉を開けたそのとき、私は行き先をしぼった。
      この時間に彼女が訓練をしていることは少ない、食堂の使用時間も過ぎている。
      なら、また星の虹を見に、あの大きな窓がある講堂へ行ったのか。
      いや、今日は磁場が乱れていてうす曇のガスの霧があたりを覆っている。
      そのせいで、窓から見える星はほとんどないはずだ。

      トレーニングルームでも、食事でも、講堂の窓で星をみるためにでも出かけたわけではないとするなら・・・
      彼女がいる可能性高いのは、衛星医療シップの実験塔だ。
      私は走りながらなぜ彼女がこんなものを持っているのか問い詰めるべきか、私は迷っていた。
      でも、答えを知りたかった。

      彼女の意見を否定したりはしない。だから、聞いてもいいはずだ。
      私は自分勝手に完結にこの件を片付け、走る速度を速めると、後ろから私の名を呼ぶ高い声が響いた。
      ようやく、扉の前にいたあの子の声が遠くなったことに気づくと、私は今の感情とあの子に向けて意見する
      思いやりの感情をうまく整理できないまま、あの子に向かって大きな声で呼びかけていた。

      「カレッタ、次の訓練は自分のやりたいことをやりなさい。やりたいことをみつけるのよ、いいわね?」


      「よく、ここがわかったわね」
      「ええ・・・・・たまたま、みつけてしまったから」
      「驚いた?」
      「でも・・・どこかで・・・・・納得してる」

      「意外な答えだわ。密かに自分の血で血清を作っていっていうのに」
      「色々聞きたいことがあるけれど。でも、これだけははじめに言わせて。
      私はあなたを否定しに駆け出してきたわけじゃない。知りたいから走ってきたのよ」

      「そう・・・・・それじゃ、お話の前にはっきりさせておくわ。私、もう血清を作らない」
      「なぜ?私にみつかってしまったから?」
      「残念ながら、そんなドラマは語用意していませんの。
      今日で最後なのよ、この衛星研究所船。明日にはここを離れ故郷に戻るわ」

      「自分の血清を何かの研究に役立ってもらおうかと思ったの?」
      「それ、わたしらしくないわね。わたしの血で血清を作って、わたしが使ってみたかったから。それだけよ」
      「よかった」
      「正義の味方のスカイクルーがそれでいいのとか、一言くらいあってもいいんじゃない?」
      「そうね。それはジャーナリズムに則って、
      活動すべきかもしれない。でも・・・なぜか私は、それをこころから望んでないの」

      「教えて。なぜ、そんなに穏やかなの?」
      「あなたのままでいてくれて、よかったわ」
      「もう、真っ直ぐみつめて言うような言葉じゃないでしょう」
      「あなたのせいよ。あなたがいつも、私をこんな言葉で試すから」
      「自分に言ったことが返ってきたってわけね」

      「それ、捨ててしまうの?」
      「もう、これ消費期限だから。悲しい話よね。
      血液の長期保存の研究をできないで、他の薬品ばかりが進んでいく」
      「そうね」
      「今日は記念の日に、ご搭乗ありがとうございます」
      「記念?」
      「色々な船に忍び込むのは、もう今日でやめにしようと思うの」
      「血清を使うことが、やりたいことだったのでしょう」

      「あなたはわたしが特別?」
      「少なくとも、私はあなたと同じ人がこの世界にいないと思っているわ」
      「だから、この血清はもういらない」
      「どうして」
      「この体を無くしても、誰かがわたしを
      特別だと思ってくれる。それがわたしの感じたかったことで、やりたいことだったから」
      「・・・・・・・・あなたの代わりなんて、どこにもいないわよ」

      「もっと顔を見せて。あなたって照れると少し頬が膨れるのよ、知っていた?」
      「ほら、用が済んだら帰るわよ」
      「今はそんなあなたを見られるのが、わたしの目的になってしまったの。もう変えられないから、覚悟してね」