scene #6

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      学年式の日を向かえ、同時に訓練二年生となった。

      帰省で心を弾ませていたクラスメイト達は、いよいよ始まる現役スカイクルーによる直接指導訓練に、
      前とは違い、緊張感のある、ある種のこころの高揚に期待と不安を胸に膨らませていた。
      本当は現役スカイクルーの前に、上級生による直接指導訓練が存在するのだが、
      私達のうえの学年には上級生は存在しておらず、こちらの訓練に急遽変更されたのだろう。

      上官によると、入学時から上級生がいないのは、初めてだったそうだ。
      私達が入学当初は、現役のスカイクルーが直接案内をしていたが、よっぽどのことだったのだろう。
      上官からも言われたが、一学年のみの訓練開始は珍しいようだった。

      学年がひとつ上がり、私達には訓練以外にやるべきことがもう一つ増えた。
      新訓練生へ、後輩の指導である。
      施設案内、上級生から教える模擬戦闘訓練といった教える立場の役職を担うことになった。

      穏やかに流れていく式の予定に、私は思わず目を閉じた。
      こうしてあたりを見渡すと、入学当初のことを思い出してしまう。馬が合わない先輩とのやりとりを。
      私はそれに耐えかねて、一日だけボイコットした記憶が蘇る。

      あの時はたしか、衛星施設内にある訓練学校から、わざわざ緊急用の自転車を拝借して逃げ出したのだっけ。
      当時を思いだすと、今は笑い話となるだろうが、あのときの私は必死だったのだ。

      思い出はとても穏やかだが、どうして先ほどからあまり考えないようにと、
      何か不安に思う気持ちになってしまっている。ルームメイトの彼女のように、
      どうも私はここでは性格が違いすぎる人と出会う癖があるんじゃないかと感じているせいだろうか。

      そうだとするなら、それはあの彼女にも該当する。
      先輩も軍人らしからぬ花嫁修業をするような絵に描いたような清楚な女性で。
      そして彼女も軍人らしからぬ考え方を持っていて。
      また、か細い可憐なあの子も戦う為に生まれたとは到底思えない位に大人しい。

      もちろん、出会わなければもっと訓練に集中できたのではと後悔することもあるが、
      今ではあまり考えないようになっていた。
      悩む私の思いなど知らない二人は、一体どんな人がくるのかとお互いの予想を楽しそうに話していた。
      私はひっそり、ため息をつきながら、式の終わりをつげる語りを聞いていた。


      詳しくは聞いてはいないが、必要な部分のみ紹介しよう。
      どうやら、私達を指導する現役スカイクルーがあの扉の向こうで待っているらしい。
      私達を囲む空気は、その言葉を聞いたとたん、憧れと不安がいりまじったどよめきをもらした。

      いけない、曲がっても私は部隊長だ。
      このどよめきに流されてはいけないと、あたりの反応を見て急に冷静になり、
      私は背筋をもう一度立て直してから、深呼吸。
      ゆっくりとした呼吸を気をつけながら、扉から入ってくるはずの見知らぬ先輩を待っていた。

      「よろしく。あたしの名前は・・・・」
      「ビュークさん!あなたはスカイクルーだったのですか!?」

      なんと、私達の直属の指導スカイクルーは、私を嫌味な女といったその人だった。

      「あたしの証バッチを見なかったの?」
      「いつもトレーニングウェアでお会いしていたので」

      思わず、隣に居た私のルームメイトと顔を見合わせる。まさか、そんな、と。
      きっと私達の思いはひとつだろう。どうみても、先輩に見えなかったのだ。
      てっきり、装備兵かその他スタッフの役どころだろうと勝手に想像していた。

      「相変わらず、嫌味なやつだね。あたしみたいな性格がスカイクルーじゃおかしい?」

      はい、おかしいですと。私達はユニゾンしてそろって答えた、あの子を除いて。
      あまりにもタイミングがあっていたので、私達の方をとても驚いた顔をしてみて。
      そして高らかに、恥じらいを感じさせず、大きな声で笑った。

      「あの人のこと一応先輩と呼んだ方はいいのかしら、カレッタちゃん」
      「先輩じゃなくて、正規クルーのビュークさんです」
      「それじゃ少し長すぎるわよ。呼ぶ時に大変だわ」

      かしましく、二人の会話に呑まれて行く。
      どうしてだろうか。入学前はこんな空気など嫌で逃げ出した私が、今ではたまらなく心地良い。

      不思議と私の過ぎた心配などは何かよくなってきてしまった。
      正規クルーの前でおどけて見せ合う二人を微笑んで眺めていた。
      そんな私達に呆れたのか、後輩達に初めに言わなければいけないことがあると、
      先に正規クルーになった先輩から助言があるという。

      「あたしは人を助けたりはしない。
       守るのものは、この衛星施設だけ。あたしに媚を売ったところで、プラスにならない」

      その眼差しはどこまでも見通しているような、そして力強い戦士の気配をその背から漂わせていた。
      あまり見ない映画の中で、古代の町で剣闘士として戦う者が野獣に立ち向かうようなそんな真っ直ぐな生き方。
      これが正規クルーの貫禄なのかと一瞬思ったが、私はそのことばを一瞬で打ち消した。

      いや、そうではない。これはきっとあの人の生き様なのだろう。
      この瞳から出る視線はこの人しか出せない。
      私達はそれぞれにあの人に頷いた。
      私は黙って頷いて、彼女は微笑んで、そして気が付くと、あの子は飛びつく様に駆け出していた。

      「やっぱり、わたくしの思ったとおりの人でした!」

      突然の発言に、あの人は驚くと、顔を赤らめて大きく怒鳴った。
      怒鳴られている当のあの子は、なんだかとても嬉しそう。
      それを見てさらに怒鳴る声が大きくなる。

      はっきりしたものではないけれど、暖かな見えない繋がりがそこにある。
      その繋がりがなんだかいとおしく思えてきて、思わず隣に居た彼女と向き合って笑いあった。
      目と目で会話をする。
      私達は出会ってよかった、と。




      目の前に幼い目をした女の子がいた。
      いや、実際には私より年齢は上だと資料にあったのだが、瞳の色に嘘をつけないその感じが。
      どこか昔の自分を見るようで、どこか懐かしかった。

      よろしくと、手を出すと。訝しげな顔をしたどこか幼さを秘めた女の子は、
      どうもとおずおずと手を握り返した。

      ああ、一年前の私もこういう感じであったなあと。私は昨年のことをゆっくりと思い出していた。
      在籍から一年、ようやく私達に後輩ができた。私達は昨年に習って、在校生の務めを果たすべく、
      生徒一人に対し一人の上級生が一週間構内の規則を案内した。

      私がこの学校へ入ったときのも思ったのだが、上級生があまりにも後輩に優しすぎやしないかと思った。
      厳しく指導されてきてみてたら、この緩やかな雰囲気にどうしよもなく、苛立ったものだ。
      たぶん、今私が案内している女の子も同じなのだろうと。
      苦難の試験勉強の末、ようやく乗り越えた入学で、出会った先輩のやさしさが
      プライドに針を刺しているようでしかたがないのだ。

      なぜだろう、私はそっけない女の子に私を照らし合わせて、まるで過去を清算するように。
      そっけなくされればされるほど、昔の自分を慰めているみたいに、優しくし声かけ続けた。


      「先輩、おかしいです」
      「そうね。私は上級生としての態度がなっていないわ」
      「わかっているのなら、なぜ!」

      「以前ね、私も同じ気持ちになったわ。案内役のやさしい上級生が疎ましくてしかたがなかった」
      「わたしはそこまで思ってません」
      「面倒だから一度だけ、授業の終わりに案内説明をボイコットしたの」
      「本当ですか?まじめそうに見えたのに」

      「真面目すぎたら、不真面目になってしまうのかもしれないわよ」
      「過ぎたることは、及ばざるごとしということですか」
      「賢いのね」
      「私、主席ですから」

      「普段は歩きなのだけれど、自転車で早く宿舎へ帰ったら気づかれないだろうと思って。
       そしたら、途中で転んでしまって。結局医務室行き」
      「怒られましたか?」
      「怒られたわ」

      どうして嫌だと言わないの!
      きちんと断ることも知らないで、なぜこの学園に入ったの!
      あなたが思っているほど、この場所は甘くない!

      「それは・・・・」
      「今のところ。その言葉より、私は厳しい言葉を聞いたことがないわね」
      「最終日ですけれど。今までごめんなさい」
      「色々な理由があって、ここへ訪れているとは思うけど。人に暖かに話せることをどうか忘れないでね」

      「どうしてですか?この訓練校は作戦を学ぶためにあるのでは?」
      「仲間に暖かに話せるくらいの情熱がなければ、ここは乗り越えられない」
      「―――先輩、今までで一番の厳しい言葉です」




      色々な上官をこの施設では見てきたが、正規クルーであるあの人は特に珍しがられているようだ。
      理由は、たぶん、なんとなくわかるような・・・・そう、人間らしさを消していないからだ。
      あの人の上官はさぞかし扱いづらいだろう。
      そんなことを考えながら相変わらず、かしましい訓練現場で考えていた。

      「あんたは優秀みたいだね」
      「それはどうも」
      「可愛くないな」

      なら、カレッタのことはどう思っているのかしらと、口に出さずに悪戯っぽく笑ってみせた。
      ふざけている暇があったらと、私は分厚い本を手渡された。
      よく見るとそこには、『ネコの図鑑』と書かれている。
      訓練中に、渡された本と本人の容姿を照らし合わせて思わず笑ってしまった私もそうだが、
      本でも読んでくつろでいろと言い渡すあの人もあの人だ。

      私を嗜めると、再びあの子の元へかけ寄った。
      ほら、あの子のことが心配でたまらない。
      あんな可愛い後輩でなくてごめんなさいね。
      それを見ながら私は、あんなふうにはなれないのと、そっとこころでつぶやく。

      この世界中のどんな訓練校より厳しいといわれている場所で、こんなに穏やかで夢心地に浸れるものなのかと。
      私は一人、感慨に浸ろうとしていたその時だった・・・

      「あんた、どうしたの!目を開けてこっちを見て!」

      けたたましい声のする方向に思わず目をむけると、彼女が倒れていた。
      手が震えて、私は持っていた本をその場に落とした。
      彼女に、そして私になにが起こったのかはわからなかったが、
      はっきりわかったことは私は動揺してなにもできないということ。目の前の光景に私は微動にできない。
      まるで足が凍りついたようだ、血の気は引き、徐々に下から腹の上まで凍りついていった。

      「カレッタ、医療チームを呼んできて。あたしは緊急用の医療セットを持ってくる」

      あの人が、横たわる彼女を抱き起こした。その瞬間、わたしは彼女の瞳の色が視界に入った。
      うつろで、雲の上より先遠く見るような、この世界のものをみつめていないまなざし。
      私は彼女の視界に入っているはずだが、彼女はこんな情けない私の顔を見てもぴくりとも表情を変えない。

      なぜ、そんな瞳で私をみつめるの?

      はっと、私の心は目を覚ました。
      私はようやく、彼女の元へかけよると、あの人に指示を願い出た。

      抱き抱えていたその腕を、そっと私の腕に預けたあの人は、
      今まで見たこともない素早い身のこなしで部屋の外へ飛び出した。
      途中、少し慌てながらその後姿に必死についていこうと、あの子もまた、外へ飛び出した。

      相変わらず、彼女はうつろな目。
      初めは直視できなかったが、抱きかかえる彼女がまだ暖かなことに次第に少しだけ安心して、
      顔色を読み取って健康状態を把握しようと、ようやく私らしい行動に出ることができた。

      よく見ると、口を少しだけ動かしているようだ。
      なにかいつものように、冗談を言ってくれたらこんな想いは、などと。
      また、いけない身勝手な自分の気持ちを確認して、私は一人自分をせめた。

      「ねえ・・・何もみえないわ」
      彼女の手が、私の頬に触れた。

      「わたしが心配なのね」
      恐ろしく小さな声で、心をしめつける。

      「大丈夫、あなたには仲間がいる」
      なぜそんなことを言うの?私達は通じ合えたんじゃなかったの。
      あなたは私が離れてしまっても、平気じゃないと。私にはあなたが離れてしまってはいけないと。
      どうして、あなたから気持ちを離してしまうの?

      「だって、突き放されるより。自分から突き放したほうが楽なんだもん」
      私は思い切り彼女を抱きしめた。彼女はうっと、苦しそうにうめき声をあげる。

      かわいらしく言っても、私は嫌よ。声にならない思いが何度も通り過ぎていったが、
      この気持ちを覇気のない彼女に向けてしまわないようにと、必死で激しい衝動を押さえ込んだ。

      思ったほど、その衝動は予想を超えてさらに強く私を突き動かす。
      まるで何もかもを壊れてしまうそうだった。
      いっそのこと、言ってしまうおうか。今思うすべての言葉を。
      いってしまえば楽になる、今ここで何もかも・・・


      「最後だというのなら、言っておきたいことがあるわ」
      「倒れた人の前の発言じゃないわね」

      「その髪を思い切り短くして」
      「どういうこと」
      「あと、声を思いっきり枯らして」
      「声を?」

      「もうひとつ・・・・・・私のことはもう見ないで」
      「今すぐできないものばかりね」

      「あとは・・・」
      「あとは何?」
      「私を嫌ってから、私の前からいなくなってくれないと・・・困るのよ」




      「38℃、たいした熱じゃないわ」

      そう彼女は嬉しそうに、軽快に体温計を外して、ポットのお茶をカップに注いだ。
      鼻歌まじりで、二つのカップをこちらに持ってくる。
      微笑みながら近寄ってくるきれいな髪のひとに、もう寝なさいと私は寝返りをうちながら彼女をつき離した。
      そんなことをされても、いまだ上機嫌な彼女。私は先ほどの一気迫る思いの切り替えがまだあやふやで、
      いつもはまだ眠らない時間に布団を被って眠るよう自分に促した。

      「怒らないで」
      「怒ってない。熱があるんだから、もう寝たら?」
      「眠れないの」

      彼女にとって、38℃は調子の良い状態で、私達のような高熱に入らないのだろうか。
      だってそうでしょう。こんなにも穏やかでうれしそうな彼女をみたことがないから。
      もしかしたら、薬品実験という結果で高熱の方が具合がいいんだろうか。
      それを察してか、彼女は自分の身体について説明を始めた。

      年に二、三度。運動をした後、急に緊張をほぐしてしまうとあのような自体が起こるらしい。
      ここに来てからはそのようなことがないように気にしていたらしいのだが、我が部隊の居心地が近頃、
      よく感じてしまいすぎて、つい気が抜けてしまったとか。

      それと、38℃という高熱についてはこうだ。
      自分では気がつくようなふらつきは起きないものの、身体が異常を起こしているのは間違いなく、
      40℃を超えると意識をとたんに失うそうだ。

      平気な顔をして、先ほどまで心配をしすぎてどうにかなりそうだった私の前で、また平気そうに話をして。
      しばらくは冷静に話をうんうんと頷いていたが、途中耐え切れなくなった。
      とっさに私は、普段から気を抜きがちな彼女を責めようと布団から起き上がり、彼女に向き直った。

      驚いた彼女は思わず、持っていたカップを落としそうになってしまう。
      「あなたは普段からっ・・・」

      最初の一言を言おうとしたとき、先ほどの私のあきれた姿を思い出した。
      穏やかな時を楽しんでいた、穏やかな仲間の声をゆっくり聞いていた。
      何が起きてもおかしくないこの宇宙のなかで、ほかの部隊では衛星施設における低重力の圧で、
      身体をおかしくしてしまう子だって出ているのに。
      曲がっても、この部隊の部隊長は私であって、常に部隊兵の変化を発見ができなければならない。

      普段から気が抜けていたのは、この私だ。
      攻撃的で何か向かっていった意識は、自分の内側に徐々に向き始め、私はうつむくように頭をうなだれて。
      私は眉間にしわを寄せたあと、くちびるを結んだ。

      うつむいていると、彼女が動き出した。
      彼女は私の手をとると、自分の胸に当てた。いったいこの状況で、私になにを語りかけるのだろうと。
      私は救いを求めるように彼女の瞳をみつめた。どくどく、と伝わる鼓動が少しづつ早くなっていく。

      「私の鼓動は40℃を越さないと、こんなふうにたくさん鼓動を打たないの。はやくなっても、一定だけ」
      ああ、だから訓練の時に息を荒げないのか。
      そうなぜか、冷静に聞こえてくる不思議な声で彼女は語りをつづけた。

      「でも、近頃こうして触れると、速くなることに気が付いたわ。どうしてだと思う?」
      いたずらっぽく、私に問いかけた。たぶん、少し顔が赤くなっているのは気のせいではないだろう。
      瞳の真ん中で視線が合うと、彼女のほうから視線を避けた。

      ベットから、少し離れたそらが見える窓をみつめて、はにかむとカップに口をつけた。
      そうして、いつものように、彼女が私の答えを待っている。

      私はこの間までこの瞬間がつても苦手だったけれど、これからはこんな風に穏やかに楽しめるだろうと、
      変な確信が産まれていくことを伝わる手のぬくもりからここから感じていた。
      そうか、言葉だけが伝える手段ではないのだ。
      こうして、鼓動を感じあってお互いを確かめ合えるみたいに、伝えられたらいい。
      ようやく、今まで克服しなければいけない答えをみつけて、そしてそのまま彼女に伝えられることに気が付いた。

      私の片方の手を、彼女の胸へ。
      彼女の片方の手を、私の胸へ。

      「あなたがどんなに特別でも、完璧じゃない。私も同じよ」

      私達に涙は流れなかった。ただ、二人で胸を震わせて何度もみつめあった。
      うれしさを通り超えたなにかをお互い感じながら。