一年目の末、一度帰省することを許可されたクラスメイトたちは色めきだっていた。
親に出会えること、故郷の風景をもう一度見れること、はたまた在学中に知り合ったクラスメイト達と母星で
出会う約束をしたりなど。とにもかくにも、どこか浮ついた雰囲気が漂っていた。
トレーニングを終えて帰るまでの道すがらそんな光景を見ながら、ルームメイトのことを思い出した。
彼女は一度、帰るのだろうか。
きっとみなと同じように色めきがかった声で、帰ったらどこへ遊びに行くのだとか頼んでもないのに、
嬉しそうに話し出すだろう。ああ、今日はまた講義で作戦表の書き直しを言い渡されたのだった。
いつもは就寝時間にはきっちりと眠る彼女のはずなのに、珍しい話題が飛び込むと途端に
その話題で盛り上がり、私の作業を平気で妨害する。
本来、部隊はサポートし合うのが理想だけれど。
そんなことをいっても、きっと彼女には意味も無く聞こえてくる人ごみの声に聞こえてしまうのかしら。
などと、一人でたくさんのことばとおしゃべりしながらあっと気づいた。
今、私はなんて馬鹿なことを考えていた?
彼女が私の前でどう過ごしていようが、どうでもいいことではないか。
私と彼女は一緒に住んでいるだけであって、干渉しているわけではないのだから。
思い直し、今まで私の頭を支配していたシュミレーションを終了させた。
そうだ、作戦表を部屋ではなく、就寝時間まで資料室で書けば良い。
そして書き終わった頃、彼女が眠ったところに部屋に帰ればいいのだ。
一度シャワーを浴びて、前回の作戦表を参考にして・・・と、
思想を巡らせている内に、自室の扉前まで来てしまったようだ。
思いはまとまったものの、近頃どうも部屋に戻る前に落ち着かない。
別に二人きりになることに恐怖を覚えるわけでも、彼女の一機一様が気になるわけでもないのだが。
そんなときは決まっていつものように。少しだけ、深呼吸をする。
それからこう落ち着いたふりをして言うのだ。ただいま、と。
部屋に入ると、目を合わせないようにすることも最近覚えた。
話したい話題がみつかると尽きないのが彼女の会話の特徴。
一度かかわると夜まで話し込んでしまうからだ。
しかし、そんな騒がしい気配は今は感じられず、彼女はまた本棚から取り出したであろう
銀河系写真表を抱え、窓の先に映るそらを眺めていた。
おかえりとしおらしく、小さい声をあげて、目を合わせぬまま、彼女は答えた。
そして再び、写真表に目を落としすしぐさに、帰省に沸き立つ外との温度とあまりに違う静けさに、
私は呆気に取られてしまって、思わず彼女に駆け寄って、この手で自分の額と彼女の額の温度を確認した。
いや、熱はない。目も赤くない、声がかれているわけでもない。
それに月のものも、既に先週で終わっているはず・・・と、
別に知りたくなかった彼女の情報を再び思い出し勝手に赤面。
いいや、なにかあるはずだ。
私は先ほど廊下でひとりおしゃべりしていたときより、頭脳のあらゆる箇所に働きかけて、考え抜いた。
別に私がルームメイト想いだというわけではない。考えている最中のこの悪寒を、彼女にもし万が一があって、
心構えもないまま彼女が側から離れていくそのときを想像してしまう全身の身震いを抑えたかっただけだった。
そうだ。なら、脈拍はどうか。私は考えを止め、彼女が持っていた本を窓枠に置いて、手首を取った。
ドク・・・ドク・・・ドクドク・・・・ドクドクドクドク・・・・・。
気のせいではない、脈が乱れている。初め触れたときは少しゆっくりめの鼓動だったが、今は早くなっている。
私はなぜかそのままうつむいている彼女の顔を覗き込んだ。
どうしたの?と声を掛けると、彼女は先ほどのおかえりよりも小さな吐息で答えた。
ふわりとやわらかな髪から覗く顔は、なぜだか少し紅みを帯びえていた。
「母が床に付いてしまったあと、薬品衛生機関でアルバイトしていたの」
「だから不整脈が?」
「脈は速くなったと思うけど、違うわ。
触るほど私の体を心配してくれたのが嬉しくて動悸が上がったんじゃないかしら」
「そ、そう」
「もしかして、帰省を喜んでいないのを疑問に感じたの?」
「ええ。でも・・・なんとなくわかったわ」
「突然亡くなった訳ではないし、いつも最後を想像しながら過ごしたから後悔はないのよ」
「誰かの死が受け入れられない人々は、後悔が悲しみを継続させるのかもしれないわね」
「ふふっ、真面目ね。でも、お陰で色々と薬品に詳しくなったのよ?
今使われている大方の非暴力的武装機器は、わたしたちの時代が試したものだと思うから」
「だとすると、おかしいわね。なぜ許可が降りたのかしら」
「入学手引きには、わたしのような身分が入学できないことになっているみたいだけど。
むこうも後腐れないよう身分証なしで日払いでもらっていたし。記録が残ってないもの。問題ないわ」
「少し、胸が痛むわ」
「拒否すれば仕事は無理に押し付けられなかったし。
危険度も選べてね、危険度が高ければ高いほど、もちろんそれなりにもらえた。
あと、勤めていたところは良心的だったから、もし失敗したらどういった症状になるかまで教えてくれたものよ」
「具体的だけれど、なんだか別世界の話ね」
「本当に良心的だったの。あの機関グループはほかのグループとは違って、何かアレルギー作用を起こして
戦意を失わせる物を作ったとしたら、その作用を消す免疫を必ず作ってから報告していたから」
「意外ね。武器関係者は影しかないものだと」
「わたしもそうだと。でも、平和的な数人のスタッフが、影の中で働く人に敵うはずないのよ」
「よく、わかるわ」
「免疫の公式発表はしないで、裏で内密にそのデータを管理している事実に気づくと、
みんな耐え切れなってしまって・・・辞めてしまったの」
「・・・あなたは違った。そうでしょう?」
「よく、わたしの大切なものを理解してくれるのね」
「未だにあなたを理解できていないけれど、ね」
「唯一、わたしはひどい外傷も内傷もない免疫生産者だった。
わたしから血清を作ってしまえば、ほとんどの非暴力武装で受けたダメージがクリアになる。
そこで気が付いたのよ。ああ、ワタシってなんてトクベツなんだろうって」
「どこにもない、ただひとりだけの免疫の血清を持つことが?」
「近いけど、少し違うわ。わたしが衛生兵になれば、いつでもこの力を使って誰かを救うことが出来る。
どんな頭の良い科学者だって、頭の上がらない上官だってその命は同じ。
世界中でとてもわたしが特別な人だって気づいた時、どうしようもなく、誇らしかったの」
「そういう考えを持ってすれば、そうね。あなたは誰よりも特別だわ」
「・・・・何か期待した?」
「いいえ。よかったわ、あなたが、あなたのままで」
「あら、真面目な人が言うセリフじゃないわね」
「すこし気が抜けたあなたのほうがらしくあるから」
「それは褒め言葉なの?」
「もちろん。ねえ、なぜそんな話をしたの?」
「・・・・・と、思っていたのはさっきまでのお話でしたっていうこと、話たかったのよ」
「なによそれ」
「あなたが必死な顔して駆け寄ってきたときにね」
「心配したのに」
「言葉にしなくても確信がもてることってあるでしょう。触れるだけでなんとなく、伝わるというか」
「よくわからないわ」
「失いたくないって思ってくれたということは、あなたにとってわたしの代わりがいないってこと。
あなたがわたしを特別だと思ってくれてるってことよね?」
「ちょっと、憶測で話を進めないで。私は別に」
「どうしてだろう、今はなんだかこの特別な体のことなんて、少しどうでもよくなってるの。
人々と、あなたの胸のなかの存在とを比べるなんて。わたしはおかしくなってしまったみたい」