scene #5

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      一年目の末、一度帰省することを許可されたクラスメイトたちは色めきだっていた。
      親に出会えること、故郷の風景をもう一度見れること、はたまた在学中に知り合ったクラスメイト達と母星で
      出会う約束をしたりなど。とにもかくにも、どこか浮ついた雰囲気が漂っていた。
      トレーニングを終えて帰るまでの道すがらそんな光景を見ながら、ルームメイトのことを思い出した。

      彼女は一度、帰るのだろうか。
      きっとみなと同じように色めきがかった声で、帰ったらどこへ遊びに行くのだとか頼んでもないのに、
      嬉しそうに話し出すだろう。ああ、今日はまた講義で作戦表の書き直しを言い渡されたのだった。
      いつもは就寝時間にはきっちりと眠る彼女のはずなのに、珍しい話題が飛び込むと途端に
      その話題で盛り上がり、私の作業を平気で妨害する。

      本来、部隊はサポートし合うのが理想だけれど。
      そんなことをいっても、きっと彼女には意味も無く聞こえてくる人ごみの声に聞こえてしまうのかしら。
      などと、一人でたくさんのことばとおしゃべりしながらあっと気づいた。

      今、私はなんて馬鹿なことを考えていた?
      彼女が私の前でどう過ごしていようが、どうでもいいことではないか。
      私と彼女は一緒に住んでいるだけであって、干渉しているわけではないのだから。
      思い直し、今まで私の頭を支配していたシュミレーションを終了させた。

      そうだ、作戦表を部屋ではなく、就寝時間まで資料室で書けば良い。
      そして書き終わった頃、彼女が眠ったところに部屋に帰ればいいのだ。
      一度シャワーを浴びて、前回の作戦表を参考にして・・・と、

      思想を巡らせている内に、自室の扉前まで来てしまったようだ。
      思いはまとまったものの、近頃どうも部屋に戻る前に落ち着かない。
      別に二人きりになることに恐怖を覚えるわけでも、彼女の一機一様が気になるわけでもないのだが。
      そんなときは決まっていつものように。少しだけ、深呼吸をする。
      それからこう落ち着いたふりをして言うのだ。ただいま、と。

      部屋に入ると、目を合わせないようにすることも最近覚えた。
      話したい話題がみつかると尽きないのが彼女の会話の特徴。
      一度かかわると夜まで話し込んでしまうからだ。
      しかし、そんな騒がしい気配は今は感じられず、彼女はまた本棚から取り出したであろう
      銀河系写真表を抱え、窓の先に映るそらを眺めていた。

      おかえりとしおらしく、小さい声をあげて、目を合わせぬまま、彼女は答えた。
      そして再び、写真表に目を落としすしぐさに、帰省に沸き立つ外との温度とあまりに違う静けさに、
      私は呆気に取られてしまって、思わず彼女に駆け寄って、この手で自分の額と彼女の額の温度を確認した。

      いや、熱はない。目も赤くない、声がかれているわけでもない。
      それに月のものも、既に先週で終わっているはず・・・と、
      別に知りたくなかった彼女の情報を再び思い出し勝手に赤面。

      いいや、なにかあるはずだ。
      私は先ほど廊下でひとりおしゃべりしていたときより、頭脳のあらゆる箇所に働きかけて、考え抜いた。
      別に私がルームメイト想いだというわけではない。考えている最中のこの悪寒を、彼女にもし万が一があって、
      心構えもないまま彼女が側から離れていくそのときを想像してしまう全身の身震いを抑えたかっただけだった。
      そうだ。なら、脈拍はどうか。私は考えを止め、彼女が持っていた本を窓枠に置いて、手首を取った。

      ドク・・・ドク・・・ドクドク・・・・ドクドクドクドク・・・・・。

      気のせいではない、脈が乱れている。初め触れたときは少しゆっくりめの鼓動だったが、今は早くなっている。
      私はなぜかそのままうつむいている彼女の顔を覗き込んだ。
      どうしたの?と声を掛けると、彼女は先ほどのおかえりよりも小さな吐息で答えた。

      ふわりとやわらかな髪から覗く顔は、なぜだか少し紅みを帯びえていた。




      「母が床に付いてしまったあと、薬品衛生機関でアルバイトしていたの」
      「だから不整脈が?」
      「脈は速くなったと思うけど、違うわ。
       触るほど私の体を心配してくれたのが嬉しくて動悸が上がったんじゃないかしら」
      「そ、そう」

      「もしかして、帰省を喜んでいないのを疑問に感じたの?」
      「ええ。でも・・・なんとなくわかったわ」
      「突然亡くなった訳ではないし、いつも最後を想像しながら過ごしたから後悔はないのよ」
      「誰かの死が受け入れられない人々は、後悔が悲しみを継続させるのかもしれないわね」
      「ふふっ、真面目ね。でも、お陰で色々と薬品に詳しくなったのよ?
       今使われている大方の非暴力的武装機器は、わたしたちの時代が試したものだと思うから」

      「だとすると、おかしいわね。なぜ許可が降りたのかしら」
      「入学手引きには、わたしのような身分が入学できないことになっているみたいだけど。
       むこうも後腐れないよう身分証なしで日払いでもらっていたし。記録が残ってないもの。問題ないわ」
      「少し、胸が痛むわ」
      「拒否すれば仕事は無理に押し付けられなかったし。
       危険度も選べてね、危険度が高ければ高いほど、もちろんそれなりにもらえた。
       あと、勤めていたところは良心的だったから、もし失敗したらどういった症状になるかまで教えてくれたものよ」
      「具体的だけれど、なんだか別世界の話ね」
      「本当に良心的だったの。あの機関グループはほかのグループとは違って、何かアレルギー作用を起こして
       戦意を失わせる物を作ったとしたら、その作用を消す免疫を必ず作ってから報告していたから」

      「意外ね。武器関係者は影しかないものだと」
      「わたしもそうだと。でも、平和的な数人のスタッフが、影の中で働く人に敵うはずないのよ」
      「よく、わかるわ」

      「免疫の公式発表はしないで、裏で内密にそのデータを管理している事実に気づくと、
       みんな耐え切れなってしまって・・・辞めてしまったの」
      「・・・あなたは違った。そうでしょう?」
      「よく、わたしの大切なものを理解してくれるのね」
      「未だにあなたを理解できていないけれど、ね」

      「唯一、わたしはひどい外傷も内傷もない免疫生産者だった。
       わたしから血清を作ってしまえば、ほとんどの非暴力武装で受けたダメージがクリアになる。
       そこで気が付いたのよ。ああ、ワタシってなんてトクベツなんだろうって」

      「どこにもない、ただひとりだけの免疫の血清を持つことが?」
      「近いけど、少し違うわ。わたしが衛生兵になれば、いつでもこの力を使って誰かを救うことが出来る。
       どんな頭の良い科学者だって、頭の上がらない上官だってその命は同じ。
       世界中でとてもわたしが特別な人だって気づいた時、どうしようもなく、誇らしかったの」

      「そういう考えを持ってすれば、そうね。あなたは誰よりも特別だわ」
      「・・・・何か期待した?」
      「いいえ。よかったわ、あなたが、あなたのままで」
      「あら、真面目な人が言うセリフじゃないわね」
      「すこし気が抜けたあなたのほうがらしくあるから」
      「それは褒め言葉なの?」

      「もちろん。ねえ、なぜそんな話をしたの?」
      「・・・・・と、思っていたのはさっきまでのお話でしたっていうこと、話たかったのよ」
      「なによそれ」
      「あなたが必死な顔して駆け寄ってきたときにね」
      「心配したのに」
      「言葉にしなくても確信がもてることってあるでしょう。触れるだけでなんとなく、伝わるというか」
      「よくわからないわ」
      「失いたくないって思ってくれたということは、あなたにとってわたしの代わりがいないってこと。
       あなたがわたしを特別だと思ってくれてるってことよね?」

      「ちょっと、憶測で話を進めないで。私は別に」
      「どうしてだろう、今はなんだかこの特別な体のことなんて、少しどうでもよくなってるの。
       人々と、あなたの胸のなかの存在とを比べるなんて。わたしはおかしくなってしまったみたい」




      主にスカイクルーの任務は、各国の衛星宇宙研究施設を守るために作られた機関だが、
      平和の主張で武器を使用していることを世間に見せるため、航空ショーのような催しも実施している。
      スカイクルー達が、美しく星の中を飛び、平和な時を衛星で暮らす人々に告げる。

      ここは日差しという時間が存在しないので、窓の外で行われるショーが地球の時間を思い出させてくれる。
      しかし、やはりそんな中でも戦闘はたびたびある。
      宇宙研究の権利を狙った、一部の商人が地上で起きた未だテロリズムのような行為を影から支えている。
      この空域はあっという間に、地球の見慣れた火花が飛び交うこともあるのだ。
      しかし、地上の一般に危害が及ばないようになったのは幸せなことだと思う。
      たとえここが、戦いの代わりの場所になったとしても。

      今日も航空ショーが時をつげる、時はもう朝の5時だそうだ。一日五回のショーがこれから始まる。
      相変わらず、部屋一番の眠り姫はもう、未だに夢の中にいってしまったようだ。

      講義前に少しだけ基礎運動をしようと、トレーニングルームへ向かおうとした際に、ふと彼女をみつめると、
      幸せそうに寝息を立てている。その姿に、人々が安全に暮らせていける星の人々を重ねた。
      今日も空に時を刻む、憧れの小型戦闘宇宙船のプリマ・デ・テール。
      私達もここを卒業して、いつか、あの平和な時を告げたいものだ。



      「おはよう、今朝もここにいたのね。名前は聞けたかしら?」
      「はい、ビュークさんというのだそうです」
      「ふうん、まるで他人事みたいね」

      「まだ、名前と彼女が一致しなくて。そういえば、部隊長さんはルームメイトのあの方を名前で呼びませんね」
      「そうだったかしら」
      「はい。いつも『ちょっと』『あなた』『怠け者』って」
      「私、嫌な人ね。よく怒らないで側にいてくれるわ」
      「ふふっ、どの言葉にも愛情がかかっていて。きっと彼女もそれに気づいているから微笑んで答えるだと」

      「随分な褒め言葉だこと。私が彼女に愛情を?」
      「本人は気づかなくても、愛情はかけてしまうときってあると思うんです」
      「そういうものかしら。ほら、来たわよ」

      「あんた達、あたしをずっと見ていたみたいけど・・・何か用?」
      「違うわ。この子は私と一緒にルームメイトを待っていたのよ」
      「ふうん、そうだったの」
      「残念そうね」
      「ちょっ・・・自分の部隊長ならまだしも、別の班のやつに言われたくない」

      「カレッタ、あなたまだメニューを残しているみたいだから。一緒にトレーニングしてきたら?」
      「そ、そうでしたっけ?」
      「そうだったのよ。またとぼけているわね、昨晩きちんと寝たの?」
      「ごめんなさい・・・」

      「なにそれ、ここの部隊長はすごく嫌味ね」
      「結構よ。さ、彼女との用事は私がこなすから」
      「ほら、行くんなら行くよ。こいつの側にいたら嫌味がうつりそう」
      「えっと、あの」
      「嫌なの?」
      「いいえっ、とんでもない」
      「ふんっ、変なやつ」

      「―――そういえば、部屋で名前を呼ばれたことないわね」
      「今朝は早いのね」
      「今からでもいいのよ?」
      「いいじゃない、用はそれで足りるのだし。さあ、帰るわよ」
      「もちろん、わかっている。でもね、愛情だけじゃ足りなくなるのよ。きちんと言葉にしてくれなくちゃ」
      「・・・・・努力してみる」
      「楽しみにしてるから」




      帰省船が一斉に飛び立つのを見ようと、彼女が広い講堂の窓まで私を誘った。
      また、帰省船と入れ替わりで母星から衛星医療開発遠征派遣の船がここに立ち寄ると、
      大きな荷物を抱えたクラスメイト達が話しているのを思い出した。

      じっと、その流れを大きな窓でみつめる彼女。
      どうやら彼女は、星だけではなく、宇宙船にも興味があるようだ。
      いってらっしゃいと、大きく飛び立つ船に向かって手を振っている。

      あの小さなシップから彼女の手が見えているのかわからない矛盾点を述べると、
      夢がないと軽く説教をされてしまった。
      私は負けじと、若者が誰しも可愛らしい夢があるとは限らないことを告げようとしたが、
      嬉しそうなあの顔を見つめると、その言葉は私の胸にすっぽりと入っていってしまった。

      「あの宇宙船、医療チームかしら?」
      「そうみたい。あそこに今知っている人はいるの?」
      「たぶんもう誰もいないと思う。それに、私が働いていた開発グループのロゴじゃないし」

      もしかして、昔の仲間を捜していたの?母星で自分の生きた証を捜しに。
      そう、胸のうちだけで彼女に問いかける。
      そんな顔に気づいたのか、首を振って、微笑んで私の肩に手を乗せ、私のこころを覗くかのように、
      じっと近づいて彼女は私をみつめた。
      
      そのしぐさひとつひとつから、私がたった今、思っていた余計な心配は、ただの勘違いで、
      思い込みだったことを確信させてくれる。

      ああ、まただ。
      言い知れぬ想いが、伝わってきた。
      今度はその想いが言葉にならなくて。
      流れ込んで入ってくる派遣隊の船を見ることはもうしなくて、
      彼女は彼女の想いにどう答えが返ってくるのか言葉を待っていた。

      ずるいと、私は素直に思った。
      この通じ合った曖昧な気持ちを相手に言葉にしてほしいと願っている。
      しかし、彼女が私をとても特別な絆を持っていて、
      彼女が私を必要としてくれていることがこんなにも嬉しかったから。
      私はその想いに答えようとした。でも、どんな言葉を当てはめたら良いものか。
      しきりに首を傾げ、訝しげな顔で床を眺めながら迷っていると、彼女からこんな弱気の言葉が耳に入ってきた。

      「分かり合っているかもしれないけれど、自分の言葉で確かめてみればいいのだろうけど。
       誰かから言われるほうが、ずっとずっと嬉しい想い出で残るのはどうしてかな」

      彼女は私の言葉を待っているのだ、やっぱりずるい人。。
      私のきっかけを待って、じっと聞いていた方が、この甘い空気を独占できるに決まっている。
      それでも私は、意を決してゆっくり顔を上げ、彼女の想いに答えを出した。

      「あなたみたいに、確かなものを伝えられないの。でも、これから伝えられるようになりたい」

      彼女の乗せた手に、私の手を乗せて。
      不器用な私はにかんで笑ってみせた。
      それが、私があなたにできる、精一杯素敵な思い出のきっかけ作り。
      私の勇気は報われたのか、彼女は目尻にほんの少しの涙を浮かばせ、
      乗せた私の手を握り締め、私をみつめた。

      私達はしばらく、そうして二人で、母星へ行く仲間たちを見送っていた。