scene #4

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       後ろ髪を惹かれるように、私は時折、彼女のふわりと揺れる髪をみつめるのだが。
       何気ないふりをして盗み見るその輝きは、どうしてか私を乱していく。
       特に食事中などはいつも二人向かい合わせで、食事を取るので盗み見てというわけにはいかない。
       まして、これを気づかれてしまっては、
       彼女が茶化すことは確実なので、決して自分からも言わないだろう。

       そんなときは、そらの見える窓ガラスを見つめながら食事をするのだ。
       暗く、星がまたたいているその窓は、黒と白い輝きの反射で彼女の髪のつやまでよく見える。
       そんな私を見て彼女は決まってこう言う、やっぱり星が好なのね、と。
       そう、私は星が好きだ。

       父の家系はみな、軍人の家系であるがゆえなどと。
       そんな理由ではなく、私はこのそらに一番近い場所を選んだ。
       それが、スカイクルーだ。スカイクルー訓練校は過酷だが、あのそらを一番近くで飛べるのなれば、
       たとえ地上から離れても、十分価値あるものだと。誰もが宇宙にこころを奪われた者がこうして
       正規のスカイクルーになるべく、母星の衛生軌道に浮かぶ訓練校に集っているのだ。

       軍人でありたくないなどと思ったことはない、
       基本私は郷に入れば郷に従えの概念で人生を送ることが苦痛ではないのだ。
       その中で、なにか自分自身が輝けるものさえみつかれば、私はきっと従うだろう。
       しかし、予想外のことが起きた。

       彼女に出会ってしまった。

       向かい合わせのはずなのに、目と目を合わせない私との食事に彼女は慣れてしまったのか。
       私の隣に座っているカレッタと談笑して食事をしている。
       次第に彼女はあの子の方へ向きを変えて、窓ガラスにはもう髪は映らなくなっていた。
       最近思うのだ、一瞬あの艶やかさを見逃すと。次、見つめればいい。
       次はあるのか?そもそも、彼女は一緒にスカイクルーになれるのか、
       軍人でいつ続けるのだろうか、私の側にいるのだろうか。
       繰り返す無意味な螺旋の問いに、暗い星空に飛びたいと想いを果てた私が、

       星の輝きでさらりと髪を揺らして微笑むしぐさを、
       こうして盗み見ながら目の前の輝きにこころを奪われていく様にきっと誰もが笑うだろう。

       「また窓のそとを見ているの?あなたは本当に星空が好きね」

       彼女はいつまでも続くかと錯覚してしまう世界の中で、私のこころを知らないまま微笑みかけていた。



       「カレッタ、あの人を知っているの?」
       「あ、はい。よく挨拶をするんですよ」
       「名前はなんて言うのかしら」
       「いいえ、部隊長さん。名前は知らないんです」

       「知らないのに、今みたいに手を振って挨拶をするの?」
       「たまたま、私がトレーニングルームにいると。
        たまたま、いつもあの人がトレーニングを終えて、出て行くんです」
       「そう」

       「・・・・本当は、もうたまたまじゃないんです。なぜだか、会うと少し嬉しいんです」
       「でも、名前は知らないわけね」
       「照れくさくて。素直になれのかも」
       「あなたはいつだって素直じゃない。次からは名前を聞くことね」
       「そんなこと・・・」

       「最近のあなたを見習わなきゃと思うの。素直で真っ直ぐ、
        恐れよりも事実を伝えるために、できないことはできないと。正直に言えるあなたを尊敬するわ」
       「いやだ、部隊長さん・・・・照れくさいです」
       「――ちょっと」
       「なによ。ほら、早く食べてしまいなさい、次の訓練メニューの時間まであと少しよ」
       「あーあ、わたしにもイチゴミルクのような甘酸っぱいものが欲しいわ」

       「なによそれ」
       「わたくし、買ってきますね」

       「まだ訓練メニューが残ってるんじゃなかった?気を引き締めて下さーい」
       「悪かったわ。たしかにそうよね」
       「そうじゃなくて・・・本気で言ってるの?」
       「何が言いたいわけ」

       「買ってきましたよ・・・・あれ」
       「わからないの?」
       「さっぱり。はっきり言ってくれない?」
       「あの・・・・」

       『なによ』

       「いいな、二人とも。わたくしもそんな風に、あの人と素直にお話してみたいです」




      やはり学校なので、試験というものは執り行われるわけで・・・
      試験前はどこも同じだと思うが、普段見慣れない学生が図書館にいたり、
      いつもみかける学生が見かけなくなったと思ったら、部屋で勉強していたりなど。
      いつしか激しさを増していた訓練の中に、ほっと人間らしさを出させる日常がしばらく続いていた。

      「ねえ見て!アルデバランよ、綺麗ね」

      そう、彼女以外のその他を含めて。
      試験中、辞書を借りに来た彼女は、勤勉とした態度で本棚を捜しているはずだったのだが。
      どうやら私が持っていた、立体型星図鑑をみつけてしまったらしく、
      窓から見えるそらを照らし合わせながら
      名前を言っては、喜んでいた。

      私はそうねと、相の変わらずな返事をして作戦表作りに置ける基礎規約の暗記に取り掛かる。
      姿が見えても、声が聞こえてもいないが。つまらなそうにしていた彼女がすぐに、ふくれているのがわかった。
      ここは初等部の寄宿舎ではないのだけど・・・・。


      「知らなかった。あなたってとても肌がきれいなのね」


      はて、後ろにいた筈の彼女がなぜ耳元で声がするのかと振り返ると
      大きくて瞼のはっきり開いた瞳が私を覗き込んでいる。

      一瞬だったが、はっきりとその中心に私の等身大が映っていた。
      その驚いた私はあまりも呆気に取られた姿、私にとっては感じたことのない自分であった。
      何も知らない彼女は私の頬に手を掛けようとしたところ・・・
      私は途端に彼女から離れ、席を立ち上がる。

      立ち上がる際に転びそうになったが、支えになってくれた椅子が変わりに転んでくれたようだ。
      がたんと大きな音を立てたその二人きりの空間は、とてつもない静けさに襲われた。
      私は早くこの静けさから逃れたかったけれど、どうやら逃がしてはくれないようだった。

      彼女は添えそうになった手を胸の前で止めて、少しだけ悲しそうに。
      その表情を見ていると、私はもっと気持ちを乱されそうになって。
      つい、目を逸らしてしまった。

      「脅かすつもりなんて、なかったのよ」
      そうではない、あなたに驚いたわけじゃない。

      「突然、触れられたくなかったとか」
      違う、触れている触れていないの問題じゃない。

      「それじゃあ、なぜそんなに初めてみるような目でわたしを見ているの?」

      あなたに驚いたんじゃない、あなたが触れてきそうな手が怖かったわけじゃない。
      私は私があなたの瞳を見ただけで、あんな私になってしまった事実に驚いたの。
      あなたは関係がない、これは私の問題なの。

      「まるで、信じていたことが裏切られたみたいに」
      私の気持ちはその言葉で簡潔に向かった。

      そうか、私は裏切られたんだ。

      何を失ってもここで戦い抜くと決めたはずなのに、彼女の暖かなものを失いたくないと想う自分に。
      私は実は感情的で、素直に顔に現れて、彼女の瞳に映った私が誰ともろくに話したことがないことも。
      彼女に憧れていた暖かな何かが、既に自分がひとつ持っていたことを。

      空気がさらに止まっていく。
      彼女の瞼はあんなにも大きく開いていたはずなのに、徐々に閉じてしまっていて。
      あの綺麗な青い瞳が隠れていく姿に耐えられなくて、
      何かこの気持ちを全てあらわす表現がないかとめぐらせて。
      彼女が喜んでくれそうな言葉を数々浮かべて、私は思わずその中の選択枠から慌てて選んでしまった。

      「嬉・・・・しくて・・・・・・・・」

      あまりの意外の一言だったのか、彼女は一呼吸置いて、小さくため息をついて、そして大笑いをあげた。
      なんだそんなことかと、私がどれだけ面白い人間なのかと、面白おかしく嬉しそうに話した。

      それはもう、一日中からかわれて。
      あれからの数日間飽きるほど。はたまた何かの話題につけては、だ。
      初めは失敗したかと思ったその言葉だが、
      なぜだか彼女が守っているもう一歩の壁に隙間風が通るくらいの隙間を作ってくれたようで。

      彼女はこころの底から、より輝いて微笑みかけてくれるようになっていったような気さえした。
      星に輝いて綺麗にひかるその髪をもつ人は、
      どうやら星とはまた違った輝きをもつ何かに、私はいつのまに惹かれていたようだ。