scene #3

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      ようやく、こころを無くしてしまいそうな部隊基礎訓練が一通り終了した。

      振り向くと、300名を越すスカイクルーを目指すために訓練校に訪れた生徒は180名程度になっていた。
      おかげで何度も部隊編成を余儀なくされた生徒たちは、力強くなり。
      最後にはどんな部隊でもやっていけると話し出す。
      幼さが隠れ覗かせていた眼差しは、いつのまにかどこにもなく。強い眼差しだけを放てる者が残っていった。

      入学を果たして半年を過ぎた頃、教官が黙って一人一人に手紙を託した。
      嫌な予感はした。

      まるで捨て犬を見捨てるような目だ。
      可愛そうだが、拾えない・育てることのできな自分・そしてそれを仕方ないことだと
      頭で整理しているような気持ちの雰囲気。
      どこかクラスメイトも気づいていて、受け取るときの生徒の表情は、誰も訝しげだった。

      あの時、私には小さなプライドが芽生えた。
      手紙の中身を見る好奇心より、皆と同じようなそんな顔を表に見せたくないという方優先し、
      部屋に持ち帰って封を開けることにした。


      「やだ、まだ開けていないの?変わりんぼさん」
      茶化すように、部屋に帰ってきた私の手紙を手に奪い取り、ひらひらと泳がせた。

      一体、なんだというんだ。

      廊下ではあんなに空気が重いというのに、彼女はそしらぬ顔だ。
      いや、それとも手紙の内容に恐ろしさに対して、脳天気に振舞ってしまうのだろうか。

      考えれば考えるほど、憂鬱だが。私は結論に達した。
      手紙は彼女にささげよう。うん、これで解決。

      「見ないの?」
      「内容は廊下で聞いたから」
      「そう。あの人達、言葉に出すということは、この内容を消化し切れていないのかもね」

      廊下に出る前から気づいている。
      訓練校に入ってたびたびこの様なことが起こるのも、入学の手引きであったからだ。
      多くのクラスメイトは憧れのスカイクルーになる希望の眼差しで、その入学証に眼を通し、サインした。
      でも、私はどこか冷めた目でその入学証を見ていたことをよく覚えている。ああ、やはりそうなのか、と。



      「冷たい目ね」
      「元々こうなの」
      「好きよ、わたしは。だって、冷たい目するのは、熱すぎる目を隠しているからだもの」

      なぜだかわからないが、私は思わず入れた紅茶をこぼしそうになった。
      いやだ、照れたのかしらと相変わらず能天気に答える彼女を見て、
      少し腹が立ったので、わかりやすいしぐさで目を逸らした。

      「おかしいわ」
      「どこもおかしくなんかない。わたしたちは変わらない毎日を送るだけ」

      「だって、私たち招集をかけられたのよ」
      「そうね。でも、わたしたちには関係のないことだわ」
      「なによそれ」

      「戦う相手は違う。あちらが用意してくれた敵が来よう来なかろうと、という意味よ」
      「・・・・・・・そうね」
      「こころに決めた戦いを放棄できない。
       だって、逃げ出した喪失感に耐えられることなんてできないでしょう?」

      「前から思っていたけれど。あなたってずるいと思う」
      「知ってる」



      なぜ彼女は、理解していなくても生きていたはずのことを、こうして何度も気づかせるのだろう。
      彼女はどこまでも、可愛らしく微笑む女の子で、そして強い兵士である。
      本当に、彼女と親しくなりなどしなければ、ただ憧れる人だったはずなのに。

      私の出したことのない真実に触れてくる彼女のしたたかさをも垣間見た今、
      私のできることは限られている。無駄なことにひっそりとため息を漏らすだけ。

      彼女の言うとおりだ。
      学校を辞めても、死して戦い抜くよりも、この戦いを去ることで得てしまう不充足感など、
      もう二度と手にしたくない。
      どうやらその想いは思っていたよりも強く、そっと言葉にしてしまった。


      「あなたも目に見える敵と戦わない人、私はひとりではないわよね?」


      少しだけ驚いて、彼女は持っていた手紙を屑篭の上にかざして離した。
      微笑みかけたその人の肩には彼女のふわりとした髪の毛が
      窓から差し込む星の輝きで光って見える。

      無意識だった。
      決して触りたかったわけではない。

      いや、いつもどれくらい柔らかな髪の毛なのか触ってはみたかったが。
      それでも、今はほんとうに触りたかったわけではない。ひかりに誘われたのか、星空に誘われたのか。
      私は彼女の首筋に、あのやわらかな髪にそっと触れた。

      当たり前のことのように彼女は触れたその手をとって、やさしくその手から語りかけてきた。

      もちろんよ、と。
      声にならないこえが。そう何度も、何度も。




      実践訓練。訓練の名の下の初の作戦投入である。
      私達は各々、信じる神様や概念を口々につぶやく。
      神様よ、宇宙よ、自分の力よ。無事に帰還することができるようにと。

      やはり訓練生はスカイクルーの乗るプリマデテールに乗ることはないようだ。
      どうせなら、あの憧れの機体に乗って死にたいなどという生徒はいたが、私はまっぴらごめんである。
      昔ならまだしも、私はもう戦うものをみつけたのだ。ただの機械の固まりに命など投げ打ったりはしない。

      決意はそれぞれ、母艦はそれら全てを乗せてこの星空を飛び立つ。
      各部隊はそれぞれ、持ち場について作戦を熟字することに勤めた。
      そう、我々部隊もそのひとつであった。
      母艦からの誘導射撃が訓練生の作戦ではある。作戦表を手渡されてただけ。
      特に教官からの指示はなく、こちらが指示を求めると、確実に任務をこなすことが第一優先と伝えられた。

      今まで、何度も作戦表の製作を授業でやってきたのは、一体なんだったのかと思うが。
      仕方の無いことだろう。私達訓練生が作戦を作ったところで、統制も責任も取れないだろうからだ。

      しかし、しかしである。
      作戦表に上付けしたくてたまらないくなるのは、この作戦表を見て誰しも思うであろう。
      私もそんな一人だった。
      私は言った。今、私の胸で確かなこと。たった一言でよかった。

      「目の前の敵ではなく、自分の敵と戦いなさい」

      今、ここに感じる。
      信頼してくれるこころからのまなざしが
      向けられていることに、私はようやく本当の充足感を覚えるとができたのだ。



      大きな船艦がさらに大きく揺れて、私達の恐怖までも揺さぶっていく。
      無我夢中で私達は迫ってくる艦隊や砲撃を撃墜していく。

      私達が目指す正規スカイクルーらは、本艦を迎撃すべく、小粒の敵には目もくれずに砲撃を避けて飛んでいく。
      私達の目的は、その補正砲撃だ。ただ志だけでこのそらを飛べると信じた者達が私達に立ち向かってくる。

      いくら敵が旧式の砲撃システムだとしても、
      数を当ててきた彼らの方が大きな戦艦にとって攻撃しにくいことには変わりなく。
      代わりにこちらは最新システムと数で対抗しているだけあって、戦いは五分と五分であった。
      混乱する各部隊、私達はそれを尻目に補充と狙撃を繰り返し、母艦からの誘導砲撃を続けていた。

      上が決めた誘導砲撃はこうだ。
      相手のレーダーは旧式で、砲撃されたミサイルとスカイクルーの乗るプリマデテールを区別することができず、
      機体同様、攻撃の際に行うロックオンシステムに誤差が生じるということだった。
      私達はスカイクルーへの砲撃をできるだけ減らすため、スカイクルーの飛ぶ逆方向へミサイル砲撃で
      注意を逸らて、同時にこの中間地点の本艦を守るというのが今回の指令だ。

      うわさ通りの腕の立つスカイクルー、華麗に敵の砲撃を避けていく。
      だが、次第に応援艦隊が増え続けてくると、避ける割合が増えていく。
      私達は目の前で起こっている今までを知らないでいた、その事実に驚愕していた。
      戦闘中だったが、肌で意識のそこで初めて感じるその驚きや戸惑いの感情の重なりが空気に伝わってくる。


      「部隊長さん、このままでは戦勝率は下がっていってしまいます」
      「どういうこと」

      「補充は相手のタイミングで合わせるもの。
      でも、みんなこの戦闘が怖くてたまらない。仲間を見ないで敵ばかり見てしまっている」

      「意味がわからないわ」
      「初陣なのに、仲間とコミュニケーションが取れない低い水準の戦闘態勢じゃ・・・・うっ」


      彼女が真剣なまなざしで私に訴えている最中、この近くの区間に砲撃をくらった。

      衝撃で、機体は傾き、砲撃武器からみなが引きずられるように遠ざかっていく。
      私たちもまた、その一人で。私は二の一番で傾く戦艦の中で一番華奢なあの子の元へ駆け寄った。
      我が部隊の衛生兵も同じことを優先したらしく、頭を打って脳震盪を起こしているあの子から、
      無言のまま痛みの部位を捜している。

      「ここから砲撃を・・・多く打ちすぎたみたいです。
      たぶん向かってくるだけの敵は私達の真意に気がついて、ここを狙うでしょう・・・」
      次第に意識がはっきりしてきたのか、あの子は少し荒い息を吐きながら呟いた。

      私は彼女の恐ろしいまで深い思考に驚嘆した。
      この状況下で、戦闘の分析を同時にしながら装備補給していたのかと。


      途中また大きな衝撃が床や天井から響く。でもたとえ、クラスメイトたちのうめき声が聞こえても、
      私のこころは彼女の言葉をもっと聞きたいという探究心で突き動かされていた。
      脳震盪を起こし、ぼうっとあたりを見つめるあの子に、私は勢いよく問いた。
      私達が勝利するためには、一体、どうしたらいいのか。
      じいっとみつめていた私に少しだけ微笑むと、
      あの子は首を振った。答えを言うのは私の役目ではないと。

      「私はあなたの答えを信じます」
      言葉ではないなにかが、瞳に語りかける。
      あなたの、どんな答えも、受け入れます、と。
      その言葉はどこまでも高貴で、私の気づかない場所のこころのありかにしんと沈んでいった。


      私は立ち上がった。
      傾く床に気をつけながら、なおかつその勢いを止めぬまま、
      他のクラスメイトの安否を調査した。

      意識がない人、動けない訓練生、激しい動きができないクラスメイト、そして戦える兵士を。
      這い蹲る彼らは私の強い瞳に目線を上げて、最後まで戦う勇気を思い出した。
      そして動けない者の手当てができる人間と戦い立ち上がる者に分けて、
      お互いの健闘を祈りその場に別れをつげた。

      私はというと、なにやらずっとひた隠しにしてきた、いいしれない熱い感情が身体の中を突き抜けて。
      クラスメイト達の必死で震えたこころから必死で立ち上げる姿に、自分でも思ってもみない言葉をかけてしまった。

      「動けるひとはあの砲撃武器まで戻りましょう。床が傾いているなら、縄で体を繋ぎとめればいい。
       空調がこれ以上壊されて、気圧の風圧で吹き飛ばされそうになっても、誰かが背中を支えればいい。
       どんな方法を使っても、決して砲撃をやめてはいけないわ」

      一瞬の虚無がこの空気を凍らせる。
      一旦凍ったその場は、鮮やかに色づき始める。私達の瞳が色づいていく。
      生きる目に変わっていく。

      おお、と。彼らの声が天井を突き抜けるようにこだますると、這いつくばって元いた場所に戻り、
      縄で自分と武器装置に繋ぎとめて。戦い続けることをそらに誓った。
      私の言葉に何かを感じたのか、戦闘再開の間もなくして、
      普段はあまり大勢の前で目立つことをしない彼女が大きな声でこう言った。

      「敵の母艦を消滅させること、それが軍の勝利。だけれど、攻撃をやめないで向かい合い続けること、
      それが私達の勝利よ。それだけは、どうか、決して忘れないで」

      出会った時からずっと感じていた。
      彼女はこころから軍人ではないのだ、断固として勝つことばかりを望んではいなかった。
      なによりも、戦うその人間のこころを大切に想い続けて。
      難関試験を経て、スカイクルーという囚われの身の内になる私達が失いがちなもの。
      その何かを彼女はあの時から既に大切にしていたのだ。

      自分達が放つ砲撃のたびに揺れてしまうほどの危うい母艦は、何もかも整っていたあの過去の母艦とは違い、
      何にも揺れない志しが、戦いを勝利へと導いていった。



      「あら、そんなに難しいことを考えていないわよ」
      「そんなことないでしょう」
      「人間、ピンチになったら自分では思えないようなことができる。その方が勝率が上がると思って」
      「本当なの?」
      「生き残れたからよかったじゃない」
      「あきれた」

      「どうして質問したの?」
      「次の参考になると思って。でも、やっぱりあなたはあなただった」
      「そう、それでいいのよ」

      「おかしな人ね、私があなたを誉めるなんて珍しいことなのに」
      「だめなのよ」
      「どういうことよ」
      「誉められると恥かしくて、顔が見られなくなるから」

      「・・・・・・・その照れ隠し、流行らないわよ」



      先月の戦いを認められてか、訓練プログラムの全科初歩訓練の切り上げを指導教官は発表した。
      極地に生い立った時、いかにして行動できたかを考慮した上での判断とされた。
      私達は次に進む、自分が選考している専門分野中心教育に移ることになり、
      クラスメイト達は興奮を帯びながら、喜び勇んで私の元へ訪れた。

      あなたのおかげだ、彼らが言う。
      私はまだ頭の包帯が取れないあの子に、さあ、あなたもこっちへいらっしゃいと、隣にくるように言った。
      あのきっかけは、あの冷静な視野で見た我が装備兵の意見があってこそであったから。
      私は真実を告げようとしていた。

      我が装備兵の誇らしいひとであることを言いそうになった私を、なぜか彼女が私を止めた。
      「だめよ。あの子はこういう処理に長けていない、あなたが適当にあの人たちをあしらって頂戴」

      クラスメイト達に囲まれていたけれど、そっと耳打ちされた彼女の言葉が、強烈に脳裏に刻み込めれていく。
      どうしたらいいのかわからないでいたあの子の瞳をちらりと盗み見る。
      肩越しではあるが、なぜだかとても震えているようだ。
      私は勘違いかと思ったが、これはどうやら喜び前の照れてしまったような衝動ではないようだった。

      彼女はそんな私達をよそに、我が部隊の部隊長の自慢を始めた。
      この人がいなかったら、今頃まだ希望専門の基礎訓練すら受けられなかっただろうと。
      彼らは大笑いをして、続けて話をする彼女に耳をかたむけた。

      そんな和やかな雰囲気になっていくなか、あの子はいつのまにか震えていなくて。
      ゆっくりとえくぼを浮かべて微笑みだした。
      ああ、そうか。そういうことなのか。
      認められることが成功ではないんだ。
      こうして遠くで、成功を喜ぶ声を聞くことがあの子にとって一番の成功だったのだ。
      私はあの子の肩に手を掛けて、あの子と同じというわけにはいかないが、微笑みかける。

      「あなたが皆の思い出を作ったのよ。ずっと忘れていたくないような思い出になったの」

      グッドタイミングで一番の賞賛をあの子に伝えたと思ったのもつかの間、私は深く後悔した。
      感激屋の涙はそれもう勢いがよくて・・・しばらくその涙は止まりそうになかった。
      やはり彼女の言った通り、こういう処理には長けていないようだ。