scene #10

〜〜


      「カレッタならいないわよ」
      「知ってるよ」

      「トレーニングの再開?」
      「あんた、部隊長の器だね」
      「そんなこと・・・私達はあの子を守れなかった」

      「あたし、どうかしてしまったんだよ」
      「戦闘中に、気が乱れるのも当たり前じゃない」
      「誰かに、あんなに、夢中になったことなんてなかった。
      戦没者は命が消えていくやつだけじゃない、戦えなくなるやつも含まれていた」

      「何が言いたいの?」
      「あいつが運ばれてるのを、作戦より先行して護衛した。馬鹿だね、あたし」
      「いいえ。でも、怒られたの?」
      「まさか。スカイクルーは訓練生より、ずっと優位な場所から狙撃してるんだ。上官の目もありゃしない」
      「そうね・・・」

      「もちろん、あたし達も通った道だよ。でも、どんな手を使ってでも守りたかったんだ」
      「真っ直ぐなのね。カレッタがいうように」
      「うるさいっ」
      「追撃数が一番だって、器に相応しいかは」
      「あたしがそんなことを基準にしてると?」
      「え・・・」

      「運ばれて行くときに、言ってたよ。生きててよかったって」
      「カレッタが・・・」
      「あんた、最後のやつまであんな顔にさせちまうんだ。きっと、あたしにないものを持ってるんだろうな」
      「あなたも立派だったわよ」
      「あたしは・・・守りながら、あいつの一番大事な部分を見えてなかった。どうしてかな・・・」

      「ねえ、励ましても良い?」
      「いちいち、聞くかね。それを」
      「恋をすると器用に支える私達が必要なように、無我夢中で追いかけてくれる情熱だって欲しい、そういうものよ」

      「ふふん、実体験?」
      「さあ・・どうかしら」




      他クラス合同の講義後、部隊長クラスが別室にて会議があると上官から伝えられた。
      ちらりと、ルームメイトの彼女と無意識に合わせていた私。
      なんだか、すこしおかしかった。

      専門クラス以外では私生活もほとんど一緒なのに、帰るその時でさえ彼女とあわせようと
      つい、伺ってしまう自分にひとり笑ってしまった。
      そんな彼女は、なぜか私と同じタイミングで目が合った。
      もしかして、彼女も同じことを考えていたのだろうか。部屋に帰って聞きたくもなったが、やめておこう。
      これ以上、からかわれる材料が増えて、主導権を彼女に握られては困るから。

      彼女はみつめながら、手をひらひらと。
      先にってマス、なんて冗談が聞えてきそうな仕草をして。ウィンクをひとつ、私に送った。
      私は不器用に微笑を浮かべながら、声にならないことばを噛みながら、その笑顔に手を振る。
      ずっと見ていたかったと思う。けれど、いくじがないであろう私は、すぐに目をそらした。

      上官がまだ部屋に残っているからだ、きっとそうだ。
      にやついている場面を叱られるのがこわいから。こんなに気が乱れるのだと。

      会議の前、自分で浮き上がった感情に言い訳をしながら、私は冷静になることを勤めた。
      時間がたっても、言い訳が私の気持ちを収めることはなくて、さらに見えない感情を加速させていく。
      目をつぶって深呼吸をしてみたけれど、目をつぶったときに別れ際の彼女が浮かんできた。
      何かに意識を集中させようと受け取った会議資料を、いつもより念入りに見てしまったりなどした。

      こういうとき、ひとは何をするべきなのだろうか。
      彼女がもっている穏やかな恋の詩集を参考にしたいが、あんなゆっくりとした時間は私の中で流れておらず。
      しまいには、資料を受けり、席に着こうとした時。足元がおぼろげになってしまう。
      私はふらついて、思わず隣の席のクラスメイトに背中からもたれた。

      はっと、あの夜のこととを思い出す。
      あの温もり、背中から伝わった息遣い。無意味に眠れずに過ごした時を。

      もうだめだ、もうあきらめよう。
      今度はしっかりと席つき、ため息をついていると、
      いつのまにか、私のあきらめた会議が上官の発令で進行していた。

      幸い、会議とはいうものの臨時の決定事項を聞くだけの略式なものだったので、私は救われたが。
      この会議が聞くだけではなく、質疑応答の会議だったらいかようになったものか、
      想像もしたくない・・・ただ、おかしなことをくちばしってしまうのはたしかなことで。

      そう、今思っていることを口走ってしまったら・・・・・
      触れて眠ったあの夜のことを思い出して、もう一度触れてみたい。と。


      「部隊編成?」
      「あのね、こういう話をしているときは、たまに敬語で話してくれないかしら」
      「隊長がお望みなら。でも、あなたはそれを望んでいるの?」
      「こんな部下がこないことを祈りましょう」

      「突然編成だなんて、ここもきつい状況みたいね」
      「そうね・・・。もう、来たみたいだわ」

      「はじめまして。かわいいあなたが、部隊長さま?」
      「うちは部は、面白い人しか入隊できないのかしら・・・」
      「・・・・・・・・・ふうん」
      「名前を言いなさい」
      「あたしはジュエル。ジュエル・ビクトールよ」

      「・・・・・ジュエル、私の顔に何か付いているかしら?」
      「これから飽きないで済みそう」
      「どいうこと。いえ、そんなことより、ちょっと待って・・・・ビクトール?」
      「あたし達、前に知り合っていたかしら」

      「あなたは、カレッタと家族なの?」
      「あたしは妹よ。本当は別の衛星施設で働いていたんだけど、
      人員が少なくなったみたいだから、給料もよさそうだし、こっちの方が保障待遇がいいから来てみたのよ」

      「わたし達なんか、必死で勉強して受かったって言うのに。上の人ったら都合が良いのね」
      「一応、現役勤務2年以上が対象で、試験もあったわ。
      以前の試験がどれだけむつかしいものだったかは知れないけど?」
      「・・・・まるで、わたしがもうひとり増えたみたい。やりにくいんですけど」

      「あいつ、あなたに近づく女が気に入らないみたい」
      「なるほど。カレッタはあなたより、こういった分野に入ったのが遅かったのね」
      「姉はあたしが前いた実践参加をあまりしない機関に行くと思ったけど・・・そうじゃなかったみたいね」

      「ジュエル、初めにはっきりしておくけれど。あなたの役割は?」
      「はっ、部隊長。射撃兵であります!」
      「よろしい。トレーニングルームへ向かうわよ」

      「ちょっと!基礎トレーニングまで一緒にしなくていいじゃない」
      「何言ってるの、あなたらしくない。
      部隊は会話じゃないものでも、お互いの動きを読み取れるくらいでなくちゃいけないわ」
      「もちろん、話すだけがコミュニケーションではないけれど・・・そうだけれど」

      「そうよね。それでこそあなただわ、先に行くわよ」
      「心配しなくても彼女はあとからついてくるでしょ。だって、あなたの側にいたくてたまらない顔してるもの」




      今回の臨時新人はとても過酷だろうと思う。
      私達の今までは、上官の威圧や戦略と自分の役割についての意識から、
      なにか見えない意識の種を植え付けてからの実践訓練開始だった。

      ただ、その種を素直に育て従うことを楽しめる者と、その種を肥料にはするが、
      自分の芽を摘み取らないように注意していない者はことごとく、上官の目に付き、厳しい指導を受けたものだ。
      それがいまや、即戦闘の気配。
      この違いは何だ、なにを焦っているのだろうと思う。

      一部のスカイクルーを除いて、スカイクルーと上官たちのグループがいつのまにか巨大な計画になり、
      その計画のために、今回の人員を確保したそうなのだ。
      まぎれもなく、彼らと私達は使い駒だ。
      それでも、戦いたいという人間の本能は止まることなく、こうして兵士達が集ってくる。
      荒くれ者の気配、憧れの舞台を踏みたいと浮ついた気配・・・
      あきらかに、感じたことのない雰囲気を私達はただ、戸惑うばかりだった。

      上官は数ヵ月後かに行われる、奇襲をかけた組織の壊滅作戦を言い渡した。
      通常、作戦対象は最後まで明かさない。スパイなど情報流出など、こういった世界では日常茶飯事だからだ。

      しかし、こうまではっきり言うことは、相当の自信と誇りのようなものをかけているのだろう。
      私達は現在決められている作戦の基礎訓練を開始することになった。
      いつも余裕のある彼女が訓練を始める際、こんなことを言っていた。

      「いい?うちは元々、部隊人数が少なかったし、その上補給したとはいえ。あいつが入ってきた」
      「ジュエルを信用してないの?」
      「今はそれが問題じゃない。それよりも、わたし達は
      『訓練がうまくいかないのは、実戦経験のない新人がいるからだ』と隠さないで顔に出すの」

      おかしなことを言うと思った、ただ・・・
      「わがままでごめんなさい。でもわたし、あなたともっと過ごしてみたいの」
      そう、最後につぶやいた言葉が決めてとなり、私は彼女に一度従うことにした。

      反抗的な態度で理解できないわと私は呟きながら、実はどこかで納得していた。
      責任が持てない何かを押し付けられようとする、上官たちには優等生に見える私を心配したのだと
      分かるのは、そうそう時間はかからなかった。

      訓練終了後その後は、ほとんどの部隊が自主訓練に入るよう言い渡された。
      残りの一部の訓練生部隊は、本作戦の先陣に加えられると言う。
      彼女が言っていたことは、こういうことかと思った。

      これ以上部隊隊員を失うわけにはいかないという信念。
      私は、まだそれを守れるだけのものを持っていないうえで、先陣に立つなど心意気は胸になかった。

      トレーニングルームへ行くと、私は自分の部隊へ集合を再びかける。
      私が製作した戦闘メニューを各自に手渡すと、
      ため息をついたり、折り曲げてポケットに入れたりする私の部下達。
      でも、何か言いたいことをいっても必ず私の目を見て尋ねてきてくれる。
      訓練メニューの意味と、そして自分の実力以下の訓練のレベル上げを要請した。

      前まで、そんなこといちいち気に障る対称だったけれど、今ではそれすらもいとおしくて、誇らしくてたまらない。
      こんな殺伐とした、戦闘の意味を軽視する気配のなかで、
      暖かな部下達がまだ人なのだと思えるのが嬉しく思った。


      「ジュエル、疲れたの?」
      「さあ、痺れたんじゃない?」
      「しかたがないわね」

      「部隊長さま、ここでそんなにお人よしでいいの?」
      「何言ってるの。こっちの方が効率がいいでしょう」
      「ふうん、ここでは優しくすると得になるのね」
      「そうね・・・しいていうなら、困ってる人を助けた自分に惚れ惚れして気分がいいからよ」
      「ふふっ・・・・ここは変わった場所と聞いてたけど、気までおかしくなるの?」
      「もう。嫌味言いながら手を取るなんて、どこで覚えたのよ」

      「そこよ」
      「宇宙開発事業研究者の・・・たしかあの場所は社宅よね?」
      「あたしの親、あそこにいたの。あの人達はもう星に帰ってしまったけれど」
      「宇宙で産まれたのね・・・」
      「うっとりするような顔して。全然、羨ましくない」
      「こんなきれいなそらで生まれたのに?」
      「部隊長さま、あなたって時々ひどく子供っぽいけど」

      「そうかしら。いえ、そうかもしれないわ。本当の私は子供なんだと思う」
      「部隊報告経歴を入隊前に見た時、堅物をどうからかおうか楽しみにしていたんだけど・・・」
      「それはよかった、これ以上私をからかう人が増えたら面倒だもの」

      「あの女のこと、どう思ってるの」
      「あなたもそんな怖い顔するのね」
      「同属嫌悪、あの女はあたしに合わないから」
      「合わせなくて良いわよ」
      「すごぉい、うちは理念が違うわねえ」

      「あのね、私達はたまたまここで、
      お互いの側にいるだけだから。変に気遣いを回すくらいなら、戦闘でいかに勝利するかに気を使って頂戴」
      「どんな手を使ってでも?」
      「かまわないわ」
      「へえ、そう」

      「そのかわり、その手を使って本当に勝利して後悔がないなら、という条件付き。
      もし後悔の残るような戦闘を行って、一生過ごすようなら、許さないわ。いいわね?」
      「仲間?あたしはいつでも、この手を離すけど?」
      「あなたはここを卒業するまで私の部隊にいるの。残念だけど、あなたが離しても私達はあなたの手を取るわ」