scene #11

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      ジュエルという女性は、実に興味深かった。
      私が今まで初めて出会った女性だった。

      私達が所属するスカイクルーを運営している衛星機関に勤めていたものの、
      わざわざ今一番危険なこの訓練学校にきたという変わり者の第一印象は・・・・
      いや、口にするのも頭が痛くなってくる。

      あの気だるそうないつものそぶりからは、計り知れないが。
      人間には刺激を求めると言う本能があるけれど、そういった激しいものが彼女にもあるのかしらと私はひとり、
      勝手に想像してジュリアをみつめた。

      個人的に、職歴とは別に気になる点が三点あることをみつけた。
      まず、ルームメイトの彼女をわかりやすいくらい毛嫌いした態度をとっているということ。
      訓練学校といえど、それなりの年齢を達していないと入学はできないわけだが。
      ジュエルは私達と同じ年代なのに、ひどく子供っぽい。
      なのに、子供だから許してという大人のいやらしさがない。
      毛嫌いはするが、訓練に支障はない。自分の気持ちを隠さずに、コミュニケーションを取れてしまう。
      これは本当に不思議だった。

      次に彼女は意外に熱い想いを持つ人だったということ。
      知りたいことを見つけたら、とことん調べる。
      本人はわかっていないつもりだろうけど、私達が上官の質問に対して答えられないと。
      その後、必死になって情報をかき集めている姿を見つけた。
      そしてまた、いつものように、気だるそうに。
      何気なく質問についての話題が出ると、それもまた何気なく答えを教えてくれた。
      もちろん、彼女が調べていた姿をみかけたことを、私は追求しなかった。
      自分の狙撃道具については、使っていれば慣れるだろうと調べもしないのに。
      冷めたフリをしているが、自分のためじゃないときの方が、熱くなるのかもしれない。

      最後はあの彼女についてだ。
      毛嫌いのそぶりを見せている彼女に、自分に似ているからと理由がそうさせているらしいが。
      はたして、そうなのだろうか。
      私にはどうも、それが本心でないような気がしてならない。
      感情に対して正直な彼女だが、本心に対しては正直にはなれないこころが見えるように。
      そこに人間らしい一面が見え隠れしているような。
      そんな、一筋縄でいかない彼女に、なぜか私は再び自分を重ねていた。
      以前の後輩のように、まだ仲間の素晴らしさを何も知らない人のように。
      そんな私はどうやら、ついジュエルを甘やかしてしまうようだ。

      「ただいま」
      「おかえりなさい、またあいつの訓練に付き合っていたの?」
      「同じ機関に二年所属しいたとしても、圧倒的に戦闘訓練が足りないわ」

      私はふうっと、ため息をついてベットに腰掛けた。
      汚れた上着だけ脱ぐと、私はそのままの状態で倒れていった。
      ふふっと、つい嬉しそうに笑ってしまった顔を彼女に見られないように、つい隠してしまったのは、なぜだろう。
      楽しみを独り占めしているからかしら。
      それともきっと彼女がジュエルに対して、色々複雑な想いでいるのを変に勘違いされたくないから?
      どうやら、私は少し癖のある後輩を育てるのが好きらしい。
      自分の好みなんて、今まできちんと自覚していなかったけれど、これは彼女の星の図鑑を見ながら、
      名前と照らし合わせてきゃあきゃあと騒ぐ楽しみと、同じ感覚だろうと思う。

      私は寝ながらズボンを脱いで、そのまま布団にもぐりこんだ。
      普段はこんなことしない。今の私はまるで、思い切り遊びつかれた子供のようだ。
      楽しいことに終わりを告げると、あとはほかの事は忘れて、疲れて眠るだけ。
      えっ・・・と、息を呑むような声が後ろから聞えてきた。
      そうね、私もきっと。昔の私がこんな姿をみたら驚くわ。
      その昔を知っている彼女の視線が、ずっと向けられていることを
      なぜか気にならないくらい、私は充足感に満ちていた。
      少し息を吸って、思い切り吐いてみると、心地よくてついやわらかいため息が出る。

      突然、がたんっと、大きく椅子を動かす音がした。
      私はほとんど眠りそうな頭だったので、普段気にならない大きな音にびくりと耳を立てた。
      振り返ると、あまり遠くない彼女が駆け出しそうな勢いでこちらに向かってきた。
      まばたきを大きくニ、三回。
      四、五回目の時にはすでに、彼女は私がかけていた布団をめくり、自分の身体を滑り込ませていた。

      驚いてその様を見ていると、その勢いのまま両手で私の顔を掴んで、今度はゆっくりと何か衝動を
      抑えつけるような顔つきで顔を寄せてきた。

      キスをされる。それも、すごく激しそうな。

      理由はわからなかったけれど、とっさに頭に浮かんできた。
      私はなんとなく、こういう時どう自分の気持ちを伝えたらいいかわからなくて。
      彼女の服のすそを思い切り掴んで、目を閉じて、激しい衝動を突きつけられる精一杯の答えを彼女に伝えた。
      拒否ではないの、ただ、突然で驚いてしまっているだけなのよ、と。


      「・・・・・・・・・・ふふっふふふっ」
      「ちょっと」
      「ご、ごめんなさい・・・」
      「笑わないで」
      「だって、小さくわたしの中ですそを掴んで。すごく可愛いから」

      「当たり前でしょう?すごい顔して飛び込んでくるひとがいるんですもの」
      「あなたも、すごい顔して目をつむってた」
      「もう、なんだっていうのよ」

      「やっぱりやめたわ」
      「え・・・」
      「期待した?」
      「別に・・・何をするのか怖かっただけよ」
      「うそつきー、意気地ないしー」

      「からかってせいせいした?さっきは機嫌が悪かったみたいだけど」
      「まあ、それになりに」
      「そう。なら、おやすみなさい」

      「こっちを向いて寝たら良いじゃない」
      「どっちを向こうが、私の自由でしょう」
      「そんなことして・・・。やっぱりすればよかった」

      「・・・・・・・どうしてやめたの?」
      「だって、あんまりにもムードがないもの。こんなのが初めてちゃんとしたキスだなんて嫌よ」
      「あれだけ膨大な詩集を読むと、そんなに純情になるのね」
      「あなただって、私がまえに布団に入ったときに眠ってなかったみたいだけど?」
      「それは・・・・今日はそれでいいわ」

      「ねえ、なんでもいいから、話しましょうよ」
      「いつも話してるじゃない」
      「やっぱりわたし達、もっと過ごしたい方を選択してよかった。ね、そう思わない?」




      あまり関心しない。今の気持ちをひとことで言い表すのなら、そういうことだろう。

      作戦が二ヶ月前倒しになった。まだ入って間もない彼らに、実践などさせていいんだろうか。
      いいや、上はもはや誇りなどを意識しているようには見えなかった。
      目の前に立ちふさがり、最年少の若者の命を現役のスカイクルー達が守れなかったという
      敗北感ばかりがあたりを漂っている。同じ部屋に住む彼女とは、
      圧倒的にかれらの出来事を捕らえる姿勢がちがうことに、いらだちではない何か。
      その腹の底に沈む感情に私はつい、言葉をあらげて指揮をとってしまっていた。

      そんな中にも、ひと時のやすらぎがあった。
      彼女が眠る前に、肩に触れる。
      おやすみなさいと優しい言葉をかけるこの瞬間だけ。

      私の見えない感情は、今日浮き上がった分はきちんとそこで消化されていた。
      再び明日を迎えたとしても、また繰り返されるやすらぎ。
      私はいつでも触れる肩に目線を移し、そっけなくおやすみと呟いた。
      今日も、そんな夜になるはずだった。



      「ジュエル、集合が遅いわよ」
      「髪の毛を直してて、手間取ったの。身だしなみって大事でしょう?」

      いつものように気だるそうに答えた彼女を見て、思わずため息をかけた。
      私は時計をみつめて、作戦終了時刻を確認した。
      あと、57分しかない。

      テロリストのようななにかが、私達が寝静まっている間に、衛星研究施設郡のひとつ。
      植物研究舎の空気温度部を破壊したのだ。
      彼らもしっかりと狙ったもので、そこさえ狙えばすべての温度と気圧が下がり、
      研究植物はそらのちりとなってしまうだろう。

      与えられた時間は、65分。
      ジュエルのトリートメントで57分となり、私のため息とこれからの作戦説明に一分を費やした。
      被害は少なく、宇宙と施設の境目である壁はすぐに緊急用のシャッターが降ろされて、
      宇宙服がなく、作業効率に差し支えなく修理をできることが唯一の幸運だったものの、時間がなさすぎる。

      嘆いていてもはじまらないが、通信さえしていれば簡単にできる作業だとも聞いてはいたが。
      初めての奇襲への戸惑いと、時間を限られた復旧作戦に困惑していた。
      だからだろうか、隣でジュエルを一緒に待っていた彼女がこんなことを言い始めた。

      「できることはやるけど。できないことは、しょうがないのよ。命をかける場所を間違えないで」

      思わず、私は自嘲した。
      まったく私は、なにをしているだろう。
      スカイクルーのあの人には、部隊長の器があるといわれたが、
      それが本当に天性のように備わっている彼女に比べたら、
      意識しないとその行動のいっぺんですらできない私と比べると、うんでんの差だ。

      しかし、私もふてぶてしく。一瞬だがこんなことを思った。
      あなたに部隊長はできないわよ。だってあなたは、やさしすぎるもの。
      だからきっと、私くらいがいい。
      走りながら通信で、私達が修理に向かう空気温度ダクトのコントロールルームでの修復方法を、
      手ほどきを通信者である先に避難した研究者の言葉に耳を傾けた。

      現在機能停止しているのだとするならば、そのドアの先は寒さに満ちているので注意せよとのこと。
      そう語っていた通信社の言葉どおりに想像を固めて、私はドアを開けようとノブに手をかけた。

      「待って!」
      突然、彼女が私を突き飛ばした。

      あまりのできごとに、私の身体はよろめいて、ぺたりと床に情けなくひざをついた。
      実践訓練では、足腰の弱点はある程度克服してきたが、そうではない。
      私は初めて、彼女に思い切り拒否されたことに、唖然としてしまって、
      座り込んだ私は息の荒い彼女を見上げることしかできなかった。

      「部隊長さまに、なにがしたいわけ?」
      「通信だけに頼るなんて、あなたらしくない」
      「だから、なんでこの人を突き飛ばさなきゃいけないのよ」

      ジュエルが、私の手をとってくれるようなしぐさをみせたので、つい私は甘えて手を差し出した。
      けれど、よっぽど私の弱腰な姿勢を見て頼りなく感じたのだろう。
      彼女は正面から、私をしっかりと抱きしめて私を抱き起こした。

      いつもの気だるい彼女のそんな当たり前のやさしさに少し驚いたが、すぐに納得した。
      やはり、彼女は人のためには熱い女性になるのだと、
      私の確信があっていたことに、そのことで少し私は自信を取り戻していた。

      「わたし、薬品には詳しいのだけれど・・・いいかしら?」

      彼女が指したのは、科学物の流出数値ゲージ。
      様々な物質によって、暖めたり冷やしたりを繰り返しているのだろう。
      示したゲージの物質名を見た。こういう分野もある程度は頭に入れている私の出番をうながしたのだろうか。
      私は自分よりできのいい部下に嫉妬するより、誇りに思うことに切り替えて、数値を確認する。

      「酷い状態ね。でもこれだと、中の温度は相当上昇しているわよ」
      「ドアノブの色がちがう。触ってはだめよ、こんなの」
      「じゃあ、あたしが狙撃しましょうか?」

      私の意見より先に、彼女たちは、様々な思想をめぐらせ意見を飛び交せた。
      あまり感心しないと上司に言われそうだけれど、この瞬間がとても心地よかった。
      自分を信頼している、そして仲間をこころから信頼しているこの空気と言葉の想いのはしばしに。
      私達は作戦を練り直し、安全でかつ中で高い温度で作業できる安全時間を自分達で設定して、
      前に進むことができたこの瞬間を。
      私達はようやく、いろいろな意味で前に進めた。



      「すごい蒸気ね・・・」
      「外で待っていたら?」
      「あたしが?冗談」
      「心配してるのに・・・わたし達は相当信用がないわね」
      「そうね。文句ならいつでもどうぞ」
      「あきれた」

      「勇敢な部隊長さんは先に行って、バルブを調整するとか言っていたけど」
      「時間がないから。分かれた方が効率いいわ」
      「あたし、あっちがよかった。なんであんた、わたしを入り口に残したのよ」
      「人聞きの悪い。ここのメンテナンスルームの数値計を向こうに伝える役目が必要だと思っただけよ」
      「実践がないから?これくらいひとりでできるわ」
      「それもあるわね」

      「前にも思ったけれど、あんた達は本当に軍人らしくないわね」
      「言いたくないけど。だから、あなたともまともに話せるんだわ」
      「あんた達は本当に、はっきりしない言い方がすきみたい・・・」
      「急に外から受け入れた学生にみんな困惑している。けれど、わたし達はそうじゃなかった・・・違う?」
      「そうよ。それを楽しみにしていたのに、残念だわ」

      「外から見れば、わたし達の世界は異常だわ。正しくないことを正しいと言い張って戦う」
      「それが仕事だから」
      「そうよ。でも、わたし達はそれを選ばなかった。異常なことだと理解しながら任務を行動してる」
      「ふうん・・・たしかにあんた達、ちょっと浮いてるかもね」

      「外から来た時と何も変わらず、あなたはあなたのままで、あの人は受け入れた。
      一度でもあなたを否定したことがあった?」
      「・・・・・・いいえ」
      「立派な部隊長は、わたしのお陰で自分を保ち続けるなんて言ってたけど。ほんとは逆なのにね・・・」

      「いいの?わたしにそんなこと言って」
      「もういいの。いまさら否定したってしょうがないもの。こういう感情は抑えてしまっては身体に毒よ?」
      「ふっ、なにそれ」
      「わたし達はそばにいたくて、たまらないのよ。わたし達を心の底を守ろうとしてくれてるあの人の・・・」

      「目が好きなんでしょ?」
      「ええ。どうして?」
      「だって、あたしもそうだから。」
      「そう」

      「わかった、あたしもこの感情はあきらめる。否定しない」
      「その調子。そうでなくちゃ、うちの部隊の狙撃兵は勤まらないわよ?」
      「部隊長さまの言うとおりね。この部隊は、図々しいやつしか入れないみたいね」