「どうして、わたくしの手を握っていてくれるんですか?」
「知らないよ。だけど、こうしてないとあんたとあんたが、消えちまいそうに思えて、しかたないんだ」
「では、何かお話しましょう。そうしたら、あなたが震えなくてすむかもしれません」
「何を話したらいいか、よくわからないんだよ・・・」
「この怪我はあと数ヶ月で外を歩ける身体になるそうです」
「そうじゃない」
「わたしは今、みんなの側にいて不安ではありません」
「それでもない」
「言葉では伝えられないきもちを話したいのですか?」
「そうかも・・・しれない・・・・」
「わたくしの国の習慣に、こんなものがあります。
出会ったときに、互いの鼻頭を突き合わせて挨拶をするんです」
「なんだよ、それ。かっこよくない挨拶だね」
「そうして、魂から親しくなりましょうと、言葉でないもので通じ合うんです」
「ふうん」
「見ての通り、わたくしは動けませんが?」
「そうみたいだね」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・わかったよ!」
「――また出会えてうれしいです、ビュークさん」
「あたしも・・・もう一度あたしを見てくれて、嬉しいよ。カレッタ・・・・」
装備を片手にした彼女に、ある決意を決めた。
そう、彼女だってこんな装備のいでたちでいたくないはずだ。
私に本当のわがままを話してくれた勇気に答えたかった。
そうしなかれば、私は彼女の前に堂々と抱きしめる腕を広げることなんてできなくなりそう。
そんな腕に抱きしめられた彼女は、きっと今までのように私にこころを委ねてくれない。
いま、ここで立ち上がって、彼女の勇気に答えて、私は語りかけた。
一人では、二人だって、私達の力だけでは、
カレッタと共にこの施設から無事に飛び立つことはできない事実を目の当たりにするだろう。
クラスメイト達に、想いを伝えよう。
私達が守りたい一人のために、彼らがこの子が他の衛星施設まで行くことができる突破口さえ、
この衛星施設の非常用ハックをこじ開けようと近づく、機体を食い止めてくれるように。
私は玉砕に近い気持ちで、クラスメイトたちを説得する覚悟を決めた。
話して通じる空気でないことはわかっている。
彼らはもう、戦いの火花に想いを奪われて、目の前の正規クルー達と戦いたくてしかたがないからだ。
たったひとりの動けない少女のために、今ある全ての機体を使って、守ろうだなんて。
大きな戦いに意気込むその気配に、浮いてしまうのはわかっている。
その重さにれに耐えられなくなりそうな自分も、容易に想像できた。
けれど、助けを求める決意を語った私に、誰かに助けを求められるなんてステキねと呟いた。
いつものように、そっと抱きしめるのではなく。
私の背中を思い切り抱きしめて、まるで私の不甲斐なさの悲しみを思い切り吸い込むように、大きく息を吸って。
吸い込んだ吐息を、とびきり暖かい吐息に変えて、私の背中に吹き付けた。
「あなたは勇気がある人。そんなあなたが好きでたまらないの。
わたしは誰がなんといったって、まっすぐに助けてくださいと誰かのために言える人が、
いちばんの勇気を持っている人なんだから」
真っ直ぐした気持ちのまま、彼女を背中にそっと自分の腕をまわした。
よかったと、こころから安堵した。
まだ、彼女のぬくもりが、胸の奥まで届くから。
私はまだ、この腕で彼女を癒すことができる勇気を持っているのだ。
不思議と感じあったぬくもりは、今まで説得など無理だと思ってしまった想像が、消えてなくなり。
クラスメイト全員が私の意見に、こぶしを振り上げて賛同する理想の現実が、
はっきりとした形となって想像できた。
今の私なら、はっきりと、理想を彼らに伝えることができる。
一人で大丈夫かしらと、彼女が腕の中で心配そうに私をみつめたので、
今度は私から思い切り抱きしめて、息を吸い込んだ。
今なら、あなたの不安を全部吸い込んで、温かい言葉にして吹き返すことができるから。
「いつもあきらめないで。話さない気持ちに答えてくれて。
でも、今は伝えなきゃ。あなたの特別な能力なんて関係ない。
その不器用で人間らしい生き方をしている、私はあなたが好きでたまらないの」
できることはできると、できないことはできないと、
助けて欲しいことは願い出て、助けたくなったら手を差し伸べる。
そんな素直でやさしくて、気まぐれな。
真っ直ぐな気持ちをもつ彼女のようなこころは、特殊なものだとずっと思っていた。
彼女が好きなあの詩集のような人間らしく、温かで、隙のある微笑み、こころのやさしさ。
そんなもの、誰かが持っていても、私に存在しているなんて考えたことなんて。
でも、目の前にいるクラスメイトも。
純粋を貫いて倒れたあの子も、
一人の大切なひとのために仲間の応援にいかないあの人も。
この私も、本当はいつでもなれたのだとしたら。
きっと私が語る助けを呼ぶ声に、こころが響くはず。
そんな幻想のような美しい助け合いを目指して、夢から現実にするべく、
私は彼らのにカレッタの援護の助けを語ると同時に、人生で初めて、情熱そのままを語った。
それが、彼らのこころに響いたかはわからない。
いま、そうでなくても想像するだけでとても、満たされている事実に、
私は偉そうに演説をしている自分自信に驚いていた。
失敗など恐れたりしない。
失敗のまま終わらせない。
それが、どんな完璧よりも完璧に近づけることを。
私は理解してその気だった今、私の話を聞くクラスメイト達の純粋な学生の目に気づかされた。
一つの部隊は立ち向かうことをやめて、この衛生施設を守るのだそうだ。
立ち向かわず、この場に残り、思い出の場所を最後まで守るのだと。
一つの部隊は戦うことをやめて、故郷に伝えるのだそうだ。
戦わず、青い星のそばで自分達は最後まで、この星の大切なものを守ったことを伝えるのだと。
寄席集まった部隊は想いを重ねて、自分の守りたいもののために敵と向かいあうのだそうだ。
この学び舎を守る部隊を、空に想いを伝える部隊を、そして信頼する友の命を守るために・・・。
そしてひとりひとり、目的を変え、ひとり自分の胸に誓って出発した。
そう、戦いの目的などひとつだけなど。
重なることがあっても、すべてその通りに重ねなければいけないと言われるのは、誇り高い私達に似合わない。
私達はそれぞれの勝利のためにうっすらと涙を浮かべて、敬礼をして、別れの挨拶をした。
涙など隠さずに、素直に大きな声で別れを告げながら飛び乗る戦闘空挺プリマデテール。
彼らの背中には、子供や大人など超えた大きな誇りが輝いているように見えた。
過ごした穏やかな日々で、大きな窓の下を通り過ぎるあのときの彼女にとても似ていた。
いま、星のひかりにきらめいた彼女の美しい髪のような輝きが、彼らの背にはっきりと見えた。