scene #15

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      自分達が懸命にしてきたことが、何度無意味かと思えたか。
      私達は壊れゆく、長距離砲撃の揺れに耐えながら、カレッタを背負って最も安全な兵器庫へ向かった。

      様々な兵器があり、何か大きな衝撃で誘発しそうにも思えるが、
      この施設は宇宙における緊急事態を予測して設計してあるので、
      兵器庫が最も外的衝撃の少ない場所となっている。
      実際、先ほどカレッタの病室から出た際よりも、揺れを感じることはない。

      病室から連れ出したあの子をゆっくりと簡素な兵器庫の管理部屋の仮眠床へ下ろすと、
      少しだけ呼吸が上がっている。
      まだあのチューブたちから切り離すのは早かったのか。呼吸も半ば、冷や汗をかきはじめた。
      ルームメイトの彼女はカートにありったけの医療器具を入れて持ってきたが、
      これで脱出まで持つかどうかもわからなままだった。

      私はふと、不安げにカレッタの荒い呼吸を繰り返す胸に手を添えた。
      その手に重ねて、彼女が手を添えてきた。

      「もう、大丈夫。ひとりじゃないわ」
      彼女はあの子に微笑んだ。まるで、我が子を見る母のように。

      あの子の痛々しい姿にただ、胸を苦しませていた私。
      その笑顔は私に向けられていたわけではなかったけれど、
      次第にとげ刺す私のこころは癒されていった。そうだ、迷ってなどいられない。
      彼女は私に信じてきてくれたのだ。そしてカレッタも、あの時私を信じて最後を迎える覚悟まで見せてくれた。

      何をしている、このままでいいのか、立ち上がれ。
      ふいにそんな言葉が思いついた。
      私も、テロリズム的な何かの影響を受けてしまったのか、そんな胸を熱くさせる
      言葉が再び別の形で浮かんできたのだ。

      「あなたが必要なの。一緒に戦って逃げて欲しい」
      彼女はとびきり驚いた顔をして、それって矛盾していると疑問点をはにかんで伝えた。
      私はゆっくりと微笑みかけ、添えていない彼女の手をとって、自分の胸に当てた。
      ねえ、あなたもそう思ってくれているわよね。


      彼女が提案した理想の救出作戦を聞いて、それを私が具体的に組み立てなおし、説いた。
      まずはこうだ。
      このままでは、カレッタの身が持たないと。
      この戦闘を切り抜けることより、まずは彼女の呼吸を安定させることが重要であると私は考えた。

      私は正直に、彼女にジュエルがあなたの完璧な免疫を使ったことを伝えた。
      彼女は少しだけ驚いて、こんな状況だったけどごめんなさいと頭を素直に下げる。
      そんな子供が叱られたような彼女にすこしだけ胸の鼓動が動いてしまったのは、不謹慎かしら。

      私はカレッタが復活すると信じて疑わなかったので、
      カレッタの前にかかっていた病状を詳しくジェルから聞いていた。
      その病状や症状を伝えているあいだ、彼女は目を閉じて私の声を食い入るように聞いて、はっと顔をあげた。
      いくつか、思い当たる科学的効果がある薬品を知っていると。

      わたしはその薬品の所在を聞くと、医療部に隠された場所があり、
      その中で遺伝子的やホルモン分泌のようなのものを
      研究している施設がひっそりと存在しているのだという。

      どうしてそんなことまで、知っているのか彼女に尋ねると。
      その施設から出てくる人だけ、出てきた瞬間だけだが、体温が目まぐるしく変化しつづけているのだという。
      それじゃあ、人から聞いたわけでも、見たわけでもないのねと尋ねると、そうよと彼女は笑って私をみつめた。
      まるで、本当はあなたは疑ってなんかいないと語るように。

      彼女はもう一度だけ、微笑んだ。
      真っ赤なあかりの天井を見上げて、ふうっとため息をつくと。
      私を抱きしめた。

      耳元から聞こえてくる、つぶやいた言葉は今度こそ私の耳にも届いた。
      あなたは本当に、よくわたしの胸の中へ入ってきてくれる、と。




      「あんた、何をしてるんだ!」
      「先へ行ってて」
      「あれはカレッタじゃない!どういうこと、器具をはずせる状態じゃないことくらいあんたにだってわかるはず!」

      「正規スカイクルーのビュークさん。あなたは戦いに参加するの?」
      「今のあたしは機嫌がよくない。面倒な言い回しは命取りになるよ」
      「なら単刀直入に言うわ。わたし達は戦わない」
      「それじゃ施設は守れない。こんなときだからこそ、あたしたちみたいな正義が必要なんだ」
      「いいえ、それでは向かってくる人たちと同じよ。今度の正義は、好きなひとのために使ってみない?」

      「誰の・・ために…・・?」
      「わたしはあの人のために、あなたはカレッタの為に」
      「あんな連中、スカイクルーの敵じゃないよ。本当は殲滅だってできる」
      「知ってる。その実力がわたし達にその力があることを」

      「訓練中、一度も。誰かのためだなんて言ったこと、なかったじゃないか」
      「自分の正義を追いかけるのに飽きたの。わたしは飽きないあの人と笑っていたい」
      「わけわからない、あんた本当に何が・・・・」

      「あなたはどう?今の自分を貫いて浸っている今と、あの子のために戦っている次の瞬間と」
      「―――卑怯者」
      「今にもカレッタのそばに行きたい衝動を抑えている自分に満たされていうの?」
      「裏切り者、薄情者、大馬鹿者!」
      「どうかしら、一緒に」

      「あたしは・・・・・あいつが微笑むために必要の時だけ戦う!」
      「あの子はB型12番量産機の中よ」
      「カレッタ、まだ生きていて・・・!」

      「・・・・・あの人、あんなに可愛らしい人だったかしら」
      「見ていたの?そうね、可愛いあの子の魅力のせいかもね」

      「カレッタは医療用部屋に移したわ。少し脳波も安定した」
      「不器用な人たち。一々、戦う仲間と誓い合ってから行動しなければいけないの?」
      「一番不器用なひとに言われたくないけど」

      「私はしないわよ」
      「約束は大事よ。必ず結果を導いてくれる」
      「約束はね、絆を強くさせるためにあるのよ。結果が欲しいわけじゃない。
       同じ目標で通じ合うと、あなたともっと深く触れ合える。それが本当の目的だもの」

      「かっこいいこと言っているという自覚はあるようね。顔が真っ赤よ?」
      「恥かしくても、どうしても伝えなきゃいけないことがあるって、最近気が付いたの」
      「そう・・・。やっぱり、あなたを追いかけてよかったわ」





      この大きな衛生施設は、少しづつだがダクト内のトラブルから爆風が施設に入り、
      入り込んだ気圧の風は廊下を駆け巡って、
      まるで聞いたことのない獣のうなり声があたりに響いた。

      その異様なみえない声に、私は不安を覚え、先に向かったスカイルーの様子をビジョン映像で確認した。
      数で圧倒に勝る、影の意識に囚われた集団は、
      じわじわとつめよることしかできない数の少ないスカイクルー達に、
      好機とばかり、施設のある弱点部分を徹底的に攻めているのを見て取れた。
      まるでもう、そこを狙うように計画されていたような荒くれ者たちの手早さ。いや、これは、確実に・・・

      なんてこと、彼らにここにある訓練施設を破壊する気などなかったのね。
      私達の考えはつめが甘かった。

      私は彼らの真の目的を理解した。
      もともと、スカイクルーのことやメディアや世間を味方につけるなど、それが真の目的でなかったのだ。
      正義も信念も、奥で糸を引く影の意識をもっている人々にはどうでもよくて、
      彼らはもともと、この衛星研究施設が欲しくてたまらなかったのだ。
      衛生施設ごと破壊するかと最初思ったが、全ての工作は脅威スカイクルーを誘き出し、
      その間にこの施設を乗っ取るといった計画を意図していたに違いない。

      ビジョンに写る数ある敵は、飛び立ったクルー達に攻撃などせずに、
      ほとんどこっちへ向かってくる姿を見ていると、単純なほどに、
      自分の正義を貫いている姿にひどく悲しく思えた。

      翻弄され続けるクルー達は、素人の決められた法則で動かない敵は脅威ではないものの、
      捕らえるのが難しいらしく、なかなか、圧倒する数を減らすことはできていない様子だった。

      応援を頼りにしているのだろうか。
      クラスメイト達は、幸い正規クルーが入れるアクセスコードを所持していないため、
      入り口付近で扉を壊す作業に手間取っていたから、あのそらにはまだ飛び立っていないだろう。
      こんな状況だが、少しだけ安堵した。
      一方、正規スカイクルーたちは、ただ目の前にいる敵を追撃すべく、突き進むように飛んでいた。

      だから大きな爆薬を使わずに、彼らに無駄弾を使わせるために犠牲特攻隊を仕掛けて、
      後にこの施設を戦闘機の数で、威圧して制圧する気なのだろう。
      もちろん、時間を経てばたつほど、わが部隊のまえに倒れてしまうのは必死で。
      その前に、この基地を。いや、かれらを操る権力者がこの施設を欲するのだろう。

      こういうとき、研究を奪われないために便利な機能が都合良く物語にはあったりする。
      しかし、残念ながら、ここには自爆施設といったSFストーリーのようなスイッチは用意されていなかった。

      本当に馬鹿馬鹿しい、この施設を自分が所属する組織のために。
      権力のためだけに手に入れることを目的に、特攻で命を散らせるなんて・・・・。
      私は初めて、腹の底から煮え返るような怒りを抑えられないでいた。

      それでも、私達は気持ちを乱している暇なんてないはずだから。
      私はふうっと、少し深呼吸をした。
      ビジョン映像から、刻一刻と彼らが接近飛行で、ロープのような物を衛生施設に繋いでいる。

      私ははっとした。
      自分の感情の整理など後回しだ。早く、この事実を同じ機体発射準備をしている彼女に知らせなければ。
      燃料を確実に入れるその前に、なんとかここを食い止めなければ。
      燃料補給をしている彼女に慌てて、駆けてそばにいった。

      「なにをしているの?」

      目の前に、見たこともない彼女がそこにいた。
      彼女は腰巻に様々な銃弾を装備して、彼女の背中には大きな武器装備が抱えられていた。
      わかっている、彼女のあのビジョンを見ていたのだ。だから・・・・でも・・・・疑問を聞きたくて、
      あなたのことばを聴きたくて、気持ちを知りたくてしかたがなくなってしまったの。

      あの過ごした日々の記憶がぶつかった。
      どんな装備を身につけていても、それを獣のような背筋で持つ装備など、今まで見たことがなかったからだ。

      きらきらと輝いていたあの柔らかな髪はもうそこにはなくて。
      ゆっくりと私を見つめていた瞳はどこも見当たらないで。
      衛生兵としてしか見てこなかった私の記憶にある彼女とは大きくかけ離れていて。

      余裕のあるあの表情が、今はなにかに掻き立てられるように、息遣いでどこか細かく肩が震えていた。
      私がみつめた美しい髪は、邪魔そうに束ねられ、今では小さなゴムの中に納まってしまっていた。

      そう、そのほとんどは。
      あの日過ごした気高い彼女の想い以外、そこに存在していなかった。

      「見つかっちゃった」
      ふわりと、無理してやさしく微笑んだ。

      私は彼女のさらに装備しようとしていた武器を勢いよく取り上げて、その場に投げつけた。
      いいえ、もう自分が我儘になってしまったことに私は気づいていたのだけれど。
      どうしても、どうしても、そんなかっこの彼女を今受け止め切れなくて。

      横目で見えた燃料メーターはまだ、半分も満たされていない。
      きっと彼女はこのメーターが満たされるまで、ここを防いで行こうとしたのだろう。
      わかっている、そんなことくらい。それが一番簡潔な作戦。

      理解できる、でも、理解したくない私の感情。
      私はこんな非現実的な思いに駆られて、戦えない自分を恥じて。
      抑えきれなくなった涙は、顔を覆った手からあふれ出してきて。
      何度も、どうしてこんなことと、叫びながら。私は彼女のことばを待っていた。



      「あなたのやわらかい髪が好きなの」
      「終わったら、紐をほどくわ」

      「あなたに重い武器は似合わない」
      「終わったら外すから」

      「あんな顔で笑わないで」
      「ごめんなさい」

      「謝らないで、あなたは悪くない」
      「わかってる。でも、謝らないとわたし・・・」

      「わがままを言ってるだけ。言わないと、止まらない涙が溢れ出しそうだから」
      「わたしだって・・・何も言わないでいたら、あなたにそんな想いをさせた罪悪感で壊れてしまいそうよ」

      「自分勝手な人ね」
      「そうね、そうみたい」
      「やめて。無理して笑わないで・・・やっぱり、
       あなたのごめんを何度だって聞くわ。だから、それだけはどうか・・・どうか・・・・・」

      「なぜそんなに想ってくれるの、スチュワート」
      「マーリー、私の愛してるあなたを、失いたくないのよ」