scene #14

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      数ヶ月も前から練り上げてきた作戦が、あと数日で決行となる。
      その前に私達は、訓練校で三年生になろうとしていた。
      三年生になると、講義や実施訓練よりも、より本作戦に近い場所で学生生活を送ることになる。

      正式には三年生とはあまり呼ばれない。
      仮入隊を簡素ながら式典で受諾すると、クルー見習いと呼ばれるようになる。
      もう四日も経てば、かりそめだが晴れてスカイクルーの身となり、
      正式に認められた状態で、プリマ・デ・テールを乗り、あの星そらを駆けることができる。

      これは入学前の規約にもあるのだが、見習いとなると扱いはほとんどスカイクルーのような、
      本格的な戦いに投入されることをほとんど確実で、それを覚悟に私達は入学を決めてる。
      上官たちはそれに合わせたのだろうか。
      学生という身分を越えたなにか大きな力を手にしたと錯覚させる身分を手にする日まで。

      ただ、実際のところ正規クルーまでには道のりは遠く、
      仮入隊の一年後にその証を手に入れられることが出来るというシステムだ。
      その間になにか不祥事でも起こした場合は即時、訓練生からのスタートとなる。
      衛生組織の中でもトップクラスの難易度を誇るこのスカイクルーだが、
      同時に過酷な目標にチャレンジしていこうという、若者の何かを刺激するものになっている。

      時が起こったのは、そんなこころ揺れる私達でいた頃。
      仮入隊まで、あとほんの少し前のできごとだった。

      数日後に控えた、正式に機関に入ることの入隊証の確認のための書類を、説明を受けながら記入する日。
      私達は一旦作戦会議室に集められた。
      しかし、入るなり上官たちは徐に訓練生達に頭を下げ、
      まだ正式クルーではないがと一言添えて、命令を告げた。

      私達は衛星研究機関に除隊を命じられた。

      私の頭が真っ白になったのは、今までで一度きり。
      我が部隊に所属していたカレッタが、戦場で倒れたそのときだけ。
      私達は言葉もなく、いずれ来るだろうと待っていた次の書類を待っている状態で。
      ただ呆然と上官の話に耳を傾けた。

      そこはまるで、宇宙空間で装備点検をしているときの、あのそらのように。
      とても静かで、一瞬だとわかっている筈なのに、どこまでもつづくようで。




      突然、警報音が鳴る。
      静けさが頂点に達していたせいか、みな背中をびくりと大きくはねて驚いた。
      ルームメイトの彼女が真っ先にそらが見える窓へ駆け寄った。
      クラスメイト達もどよめきながら向かう窓先には、プリマデテールが飛行している姿が映る。

      それを見た上官が一言、歓喜を高々と声あげた。
      ああ、仲間たちが飛び立ってくれた、と。

      私は上官に詰め寄って、この現状について質問した。
      しかし、今までどおりの高圧的な自信に満ちた上官の反応を期待していた私は、
      その幻想と情景の違いに身震いがした。
      上官は狂気に声で叫び、自分の世界に一人だけ入ってってしまった近寄りがたいうしろ姿で、
      窓から見えるプリマ・デテールに食いつかんばかりだった。

      机を並べられた清楚な部屋の空間は、狂気と狂喜の境目があやふやになっていて、
      人間として危うき常態であることを物語っていた。
      私は一旦つばを飲み込んでしまうほど、恐ろしくなってしまって。
      だが、上官は自分から嬉しそうに、まるで独り言のようにこう現状を伝えた。

      つまりはこうだ。
      テロリズム的な集団は、一旦攻撃活動を止めて、
      情報番組やメディアに広く主張をすることにシフト変化したのだ。
      世界中に使者を遣わし、大学などで彼らなりの平和講義を繰り返したのだという。

      「自衛と称したスカイクルーの脅威こそがテロリズムを生む」と。

      いつものように、人のこころを揺らしやすいキャッチフレーズを使って。
      故郷の星の人々は、そのことばを聞いて、スカイクルーの存在意義を考え始めたらしい。
      世論は衛星施設を所有する研究者たちへ非難をかえて、
      昨日まで憧れの職業だったスカイクルーは今や世界の敵となる。

      それは気高い上官たちには耐えられなかったものだったようだ。
      どんなに攻撃をしても、どんなに玉砕をしても、それを注目されず、まして意味のないことと蔑まされて。
      こういう行動にでたのだろう。

      結果、衛生研究所の組織自体を非難され、研究所の破棄と同時にそれを守るスカイクルー部隊の解体を
      深い意味もないまま、星にある国の上層部たちは決めてしまったのだ。
      それはしかたのないことだと。
      人の支持でようやくたっている危うい地位の彼らが、問題に対して選択するものは限られているから。

      世界の敵が、テロリズム的な彼らから、私達に代わったというサイン。
      それがすべての始まりだった。

      そして、それはプライドの高い超難関試験を潜り抜けてきた部隊プリマデテールの挑発につながり。
      火花が散りじりと光る、あやしく赤くひかる星空に繋がった。
      上官は嬉しそうに、以前ボイコットを起こした同胞たちの反乱を、
      取り憑かれるように、熱い目でみつめてていた。

      初めは理由を知りたくてしょうがなかったはずなのに、今ではもう耳を塞いで、目を閉じたくなった。
      目の前に見える幻想のような現実が、なぜかとても恐ろしくなってしまって。私は一人震えていた。

      はっと温もりだけが私の身体を突き抜けた。
      その発信源はどこかと、身体の感覚を探ると、ふと手に彼女のぬくもりをみつけた。
      今更だが、いつも温かな安らぎを放つルームメイトの彼女がすぐ隣にいたことに気が付いた。

      彼女は当たり前のように凛々しく、そこにしっかり根を降ろし立ち、
      皆が呆然としている中で瞳を燃やして私の手を握っていた。
      いや、握ったというより。こころを丸ごと捕まれ、現実に引き戻された感覚。
      見えない確かな引力のあるブラックホールに飲み込まれそうになっていた私を引き出した感覚だった。

      窓に見えていたプリマデテールは火花を散らして敵を散らしていった。
      もちろん、私だって戦闘経験はある。炎位におびえたりなどしない。
      しかし、おびただしい戦機の数がこちらに向かってくるようだった。


      「これが真実よ。この温度差が現実なの」
      「燃えあがる目で、彼らは空を見てるのに。とても冷たい心地なの」
      「大丈夫。わたしが握っているあなたの手の方が熱いでしょう?」
      「本当ね・・・・・」

      「まったく。玉砕したいのなら、迷惑にならないところでどうぞって感じだわ」
      「私もそう思うけど・・・彼らにとってはむずかしいみたい」
      「なんでもいいから敵を作って飛び込んできて・・・」
      「世の中に絶望しているのかしら。それとも、生きてる意味がほしいのかしら?」

      「なおのこと、それって特別なことなんかじゃないわ。
      自分が必要だと思われたくてみんな必死に生きてるんだもの」
      「私もそう思うわ」
      「よかった。あんな燃えるような冷たい目に、なってほしくなかったの」

      「巧妙にしかけられたようね。組織じゃなく、わたしたちの目の前に作ったプライドを攻撃するなんて」
      「案外攻略がたやすいのよ、わたし達って」
      「なるほど。玉砕しながら世界を守ると唱える人たちに味方するひとがいれば・・・舞台なんてすぐできる」
      「世界を守るんだなんて意気込まなくても。たまたま守りたいものがここにあったら、十分よね?」
      「それだけで、全力で向き合う理由になれる。私達みたいにね」




      昨日まで、わたしの抱きしめる腕で癒されていたあの人。
      今ではこの、強いまなざしを向けながら意見を述べる部隊長。
      堅物だけど、事実を否定することなんてしないこの強さに。
      わたしは何度、ここの意識に飲まれそうになる瞬間を救ってくれたのかしら。
      やりきれない現実にただ、何も考えず、同じやり方で立ち向かっているわたしとは大違い。
      目の前にいる人は、次にどうしたらあの向かってくる敵に、向き合えるかを考えて行動できるから。
      気が付くと、あの幻の宴のようなものに少しだけ現実の時間が流れていく。
      このままでは、ここにいるだけでは、自分が生き残れないのだという空気が流れてく。

      この状況で、わたしはあの人の握り返してくれる手以外、現実を感じなかった。
      全てが幻みたい。
      窓に見える火花も、意気揚々と窓から見える火花に
      声援を送るクラスメイトも。声を高々狂喜している上官も・・・・。

      退避サイレンが甲高く鳴る、教室が慌しくなる。
      一瞬のどよめきの後に、また狂気の空気。
      ああ、ようやく少しだけ現実の空気が戻った。
      そう、これが戦い。奇麗事なんてどこにもない。
      命の駆け引きだから、もちろんそれを見ている人達も。

      しかし、何年も訓練重ねた揃った足音は、美しさなんて忘れて、
      どたどたと音を立てて、わたし達を通り過ぎていく。
      仲間と共に、そう声を上げて。僕達も向かおう、だなんて。
      わたしはどこかで、わたし達のような人たちが一人でもいたらなんて思っていたけれど、
      上気に押された彼らは向かう場所はひとつなようで、
      プリマデテールが収納されているだろう場所へ向う気配に、少しだけ期待をしたわたしを恨めしく思った。

      それから、いつのまにか教室には私たち二人きり。
      気持ちの弱っていたあの時に、抱きしめたらこっそり教えてくれた。
      わたしの髪が星のひかりに照らされて、ふわりとゆれる瞬間が好きなのだと。

      そしていま・・・・あのひとの大好きな星の輝きは、
      火花やあたりの狂喜の空気によって、ゆがんだものにさせて見えていく。
      大きな波が、わたしの胸を襲った。

      涙なんて思い切り流したことなんて、遠い昔で。
      どうやって泣いたらいいのかさえ、わからない感覚なのに。
      涙が溢れ出しそう。それも一度流したら、止まらないくらいに。
      扱え切れない感情の波に、わたしは耐えて震える肩を揺らした
      勝手にわたしが想像したあの人の苦しみが、わたしの胸の中に入り込んで暴れ始める。


      こんな想いは初めて。
      自分で苦しむよりも、あの人の痛みがわたしをこんなに苦しくさせるなんて。
      なにを思って、そらを眺めているの?
      わたししかいない、この場所であなたは何を望んでいるの?
      どうしたら、わたしの髪をぽうっとみつめた可愛らしい目をもう一度見せてくれの?

      わたしはわたしの想像にがんじらめになって、動けなくなって。
      現実がは想像を超えるなにか、大きなものになる不安に押しつぶされそうになって。

      そうよ、あなたに直接聞けばいいんだわ。

      なんだ、そんなこと。想像していたことは、真実でなかったのだと知れば楽になる。
      彼女は今、何を感じ、そして苦しんでいるのか聞こうとした。
      でもなぜかしら、おさえていた波がわたしの涙をうながして。
      言いたかった言葉が、なにも語れなかった。


      「あの、ごめんなさい」
      「誰の・・・せいでも・・・・泣いているのは、わたしのせいよ・・・・・」
      「だって私は、あなたの涙に何も出来ないから」
      「柄じゃないわね・・・こんなわたし」

      「あなたはどうしたいの」
      「別に、何もしたくないわ」
      「それじゃあ、何を苦しんでいるの?」
      「それはこっちの・・・・・・!」

      「やっぱり、突き離されるのは少し寂しいわよ」
      「・・・・・・何考えてるの!」
      「キスのこと?あなたの真似したのよ、私に注意を向けさせたの」
      「ふふっ、なあにそれ?」

      「好きなものに、注意を向けさせれば、状況の考え方は一変する」
      「わたしが言った言葉・・・おかしな人。こんな場所でそんなことが言えるなんて」

      「ありがとう」
      「褒めていないわよね?」
      「知ってるわよ。私はあなたが私の気持ちを受け取ってくれたのが嬉しかったから、お礼を言っただけよ」

      「そんなに嬉しかったのなら、もう一度くらいどう?」
      「それはっ・・・・・・またこんど」
      「いつでも待ってる、それまであなたのそばから離れないから」