scene #13

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      本作戦、一ヶ月前。伝えなければいけないことがある。
      あれから訓練中にジュエルは、たびたび倒れた。

      ひそかに彼女の体温の異常をルームメイトの彼女に、グラフのようなものを作ってもらい、
      おおまかだが、どれくらいの頻度で熱が出てくるのか図ったのだ。
      そうしたら、徐々に頻度が高くなっていくのが見て取れた。

      これは。いや確実に、残念ながら。彼女は星に帰らなければならない。
      もしくはここより、重力設定がより生活意識で設定している寮へ帰らなければ・・・・

      命は自分で守るものと上官が放ったことばにあえて、反抗しよう。
      自分が守ることができる命かどうか判断できない人間が、愚かなのだと。
      彼女は私が想定していた戦闘の基準体力を維持できなかった。
      近頃すこしぼおっとしていることを尋ねると、

      「眠くてたまらない。これって恋煩い?」
      などとごまかされてしまった。

      私は相変わらずねと苦笑いしたが、嫌味相手の彼女は笑っていなかった。
      それでも気遣うように、それだけじゃないでしょうと言葉を付け加えた。ひどく心配そうに。

      私はその彼女に何も言わなかったが、ジュエルの体温測定の中止を促すと、そっと私の腕を抱きしめて。
      こう何度も呟いてくれた。
      「後悔のない選択をしようと、迷って苦しくなったら、わたしに叫んでみて。すっきりするわよ」

      いつも、いつでも、彼女は私の一番必要なことばを知ってる。
      私は本当に語釈が足りない。そのくせ、いざとなると感情がコントロールできないようだ。
      ありがとうも笑顔で言えないなんて。いつか、穏やかに言える大人になれるのかしら。
      とっくに故郷では大人の年齢になった私は、年下の彼女の大人の部分に、荒れたこころを委ねることにした。


      「こんな場所で?」
      「ここでいいの。広い窓の講堂がいい」
      「まあ、私はどこだっていいけれど・・・」
      「それで、話ってなに」

      「なぜ、スカイクルーの訓練部隊に来たのか話してくれる?」
      「いまさら作戦前の意思確認?やめてよ、そんなに子供じゃないわ」
      「私は残念ながら、ひどく子供なの。だから知りたいのよ」
      「あの時、言うんじゃなかった」
      「あなたの目的が聞きたいのよ」
      「・・・・・・・・あいつがいたからよ」
      「彼女のこと?」

      「あいつ、完璧免疫所持者でしょ」
      「どうしてっ!」
      「前に姉が大病にかかって・・・そのときに、
      完全に治せないって簡単に医者からきいたとき思ったの。カレッタが納得するはずないって」

      「・・・そうね。最悪の結果があったとしても、ひどくつらいわ」
      「変なところは理解してくれるね。想像もしない話だと思わなかった?」
      「カレッタは華奢な体つきだもの、頷ける話よ」
      「それで、最先端の研究してる医療衛星施設で働いたわけだけど・・・とんでもない免疫データの血清をみつけて」
      「取り忘れたのね・・・・」
      「でも、なんであったのかしら?」
      「前に、よく衛星機関の船に忍び込んで血清を作っていたみたいなの」
      「とんでもないやつね・・・。まあ、おかげで姉は助かったけど。運が良い事に、一本残ってたおかげで」

      「あまり、こういうことは言わないけれど。少し運命を感じてしまうわね」
      「ふふっ、言い換えればただの偶然。忘れた血清と一緒にデータ印刷表もレシート機に残っていたけどね?」
      「まったく・・・彼女は生活態度は少し改めるべきだわ」

      「おかげで、前より元気になった姉は、スカイクルーを目指して・・あとは知った通り」
      「よくみつけたわね。やっぱり、あなたは情報を集めるエキスパートだった」
      「褒めていいわけ?もう少しあいつにかまって、データ管理させてやるべきだと思うけど」
      「善処するわ。ついでに、十分厳重注意もね」
      「ふふっ、ついでだからこっぴどく叱ってやって」

      「ねえ、どうして彼女に会いに来たの?」
      「あたしはっ・・・・・ただ・・・・」
      「彼女にお礼を言いたかったんでしょう?」
      「さあ、そんな綺麗なエピソードじゃないかもよ」

      「あなたはここに残れない」
      「―――わかってる」

      「なら、言わなきゃ。戦闘は激しさを増している。何が起こるかわからないわ。後悔に先に立たず、よ」
      「それって・・・」
      「後悔は後から付いてくる。それよりも、
      いっそ堂々と言った後には誇りが後からついてくる。その方が素敵じゃない?」
      「ふっ、あたしが知ってる諺の意味とはちょっと違うみたいだけど。でも、そっちがいい・・・」
      「ありがとう。さあ、さっそく言いに行きましょう」

      「ねえ、どうしてお礼が言えなくなったか知ってる?」
      「恥ずかしかったのよね」
      「あなたが心底あいつのこと気に入ってるってわかったからよ」
      「―――どういうこと?」

      「あたし、あなたが好き。だから、あいつにお礼なんて言えなかったのよ」




      お別れはいつだって、切ない。
      でもなぜかしっかりとお互いが向き合って別れをつげる思い出は、
      いつだって私達を繋いでいてくれる気がした。

      あとできいた話だが、実はジュエルは、
      この広い講堂でルームメイトの彼女にどうやって礼を言おうかずっと迷っていたのだという。
      迷っている間に、その・・・私に恋をしていることに気づいて。恋をしている間に、あの・・・
      嫉妬のようなものを彼女に抱いて。

      やめよう、自分で思い出すだけで、恥ずかしくなる。
      カレッタの場合もそうだったが、私はそんなに立派でも魅力的な存在でもないはずなのに。
      私はこの姉妹達の方がよっぽど、優秀で相手のためにしっかりと向き合っているように思っていた。

      星に帰る船が、そろそろ着くようだ。
      ジュエルは彼女が待ち合わせ場所に来る前に、こう私に告げた。
      「あいさつは一言でいいのよ。そんな顔しないで」
      「何を言えばいいか・・・」
      「よくやったわって、頭でもなでて」

      ジュエルが冗談で言ったのはわかっている。
      しかし、私は言われるままによくやったわと。頭をなでた。
      真っ直ぐ切り整えられた凛々しい髪をなでながら、優しく微笑んだ。

      ぐっと、何かをこらえるようにうつむいたジュエル。
      私は少しだけ成長したのかしら。
      泣いている女の子に、泣いている女の子に無粋に話かけるような私ではなくなっていた。
      しばらくすると、例の彼女が駆け足でこちらへ向かってくるのが、大きな扉から入ってくるのを見て取れた。
      ジュエルは足音だけで気づいたのか、服の袖で顔を拭うと、いつもの気だるいやさしい目になっていた。

      「はい、恋した人に最後の挨拶どーぞ」
      「腹の立つ女・・・たしかに、好きだけど。あたし、これが甘酸っぱい恋とか思ってないから」
      「本当かしら?」

      泣いていたことに気づいてたと思う。
      それでも、彼女はさいごの最後まで冗談を言って、いつものようにたわいもない言い合いを選んだ。
      彼女の選択を理解できる。ずっと泣いていては、最後の別れのとき、向き合うこともできないから。
      お別れを相手のために美しく彩ることを志している彼女にふさわしい姿だと思った。

      「あんた達が出会ったのは、まるで運命ね。逆らうのが馬鹿らしくなってきた」

      私達二人を穏やかにみつめるジュエル。
      なにいってるのよと、嫌味を言いながらも穏やかに語りかける彼女。
      なぜだろう、私の知らない彼女たちのやりとりを初めて見た気がする。

      それは二人が私を特別だと想ってくれているから?
      二人が交し合う目線に、たぶん。いやきっと私は入り込めない。
      もちろん、この二人の視線に入り込めなくても、
      私を仲間として・・・あと、特別な人としてくれているのは想ってくれている彼女達。
      想ってくれているとは、幸福なことに違いない。それでも、彼女達と同じを共有できないさびしさなのか。
      私はすこし、複雑な思いで傍観していた。

      「どこがいいの?」
      「なら、そちらはどうして?」
      「・・・・・・・・・・・わからない」

      二人はみつめあっていたかと思うと、今度はその視線を私に移す。
      思わず、私は目をそらしてしまった。
      先ほどまではあんなに穏やかな視線を交わしていたはずなのに、あまりにも、熱っぽい視線だったから。

      「運命、ね・・・でも、恋したい、何かに夢中になりたいって。生まれたときから誰にでもあるものじゃないかしら」
      「あたしをいじめて、楽しいわけ?」

      別れを惜しむかのように言い合う彼女たちを見ているのが、切なくてたまらなかった。
      ジュエルの姉であるカレッタを救ってくれた彼女を想う気持ちを考えるとなおのこと。
      私はこのままでは自分の思考に胸が押しつぶされそうになって、ついことばをかけた。

      「ねえ、ジュエル。人でなくてもいいじゃないかしら。いろんなものに恋をして、夢中になってみるのもいいわよ」
      「なるほど、それは悪くないわね」

      私の肩をぽんっと小突いたジュエル。
      不思議と私達はもう上官と部下ではないただの友人に戻ったことを自覚した。
      私達はただの友達で、いつでも連絡が取れて、いつでも思い出せるこころの繋がった友達に。

      「ちょっと待って。わたしの話は聞けないのに、この人なら聴けるっていうの?」
      「だって、まだ好きなんだもの。恋しているんだし、しかたないわよね?」
      「相変わらず、揚げ足をとるのだけはうまいわね・・・」

      別れの瞬間が迫った。
      船の出発時間前のアナウンスが当たりに響く。
      初め入学当初、広い講堂は私達には広すぎて、こんなものは訓練校に必要ないと想っていたけれど。
      講堂の備えられている机や装飾品はどれも美しく、ゆるやかな気持ちで見返すと星の光りが机に反射して、
      天井や壁にゆらりと浮かび上がっているのがとても美しい。
      いくらどんな素敵な思い出だって忘れてしまう私達。
      なにか特別な思い出を思い出したいときは、こういった特別な場所があると思い出しやすい。
      美しい星と光り、安心した仲間の視線、私に向けられる少し魅力的な想い。
      私はきっと、この思い出を忘れない。

      「ジュエル、離れてしまってもあなたをこころから信頼しているわ」
      「知ってる。だから悔しいのよ、それ以上さきに進めないから。
      だから・・・しばらく連絡は待っててよ。あたしがまた、なにかに夢中になるまで」

      手を差し出すと、ジュリアは手を取らずに私の頭をなでた。
      よくやってるよあんたは、と。冗談めかしてにやりと笑った。
      初めて会ったときのような、少し面白がって私に笑いかけたあどけないあの頃にもどっていたことに
      私はこころから安堵した。
      星へ帰っても、きっと当たり前の日常にすぐ溶け込んでいける穏やかな彼女に。

      「ごきげんよう、ジュエル」
      「あんたにはだいぶ助けてもらった、ありがとうね」

      私に告白したときより、顔を真っ赤にして、視線をどこか知らない場所にはずしながら礼を述べた。
      結局、彼女に事の真相をつげなかったのかもしれない。
      それでも、本当に伝えたかったことを伝えられた満ちた心地が私にまで伝わってきて、
      思わずこちらが満面の笑顔になってしまった。
      本当に最後まで興味深い。

      たぶん、あの星に帰ったらこんな一途な彼女に恋する人はきっとたくさん現れる。
      わがままな私は、この熱い視線が別の人に向けられることに少しだけ嫉妬して。
      そんな人間らしいこころの揺れを失っていないことになぜだかうれしくなって、ジュエルの後姿を見送った。


      「あの子のうれしそうな顔、みた?」
      「そうね。私も初めて見たわ」
      「どうしてかしら。お別れなのに」
      「ありがとうを言った後は、いつだって気持ちがいいものよ」

      「ねえ、あの子みたいに言ってほしい?」
      「別に。いつもどおりでいいけど」
      「求めないんだ」
      「さあ・・・特に思わないけど」
      「正直ねえ。顔に似合わず、そういう気持ちは隠せないんだから」

      「最初の『顔に似合わず』が、なければ良い雰囲気になったと思わない?」
      「わたしにムードを求めるの?」
      「たまにそういうの、あっても良いと思うのだけど」
      「生まれたときから無いものだから。ごめんなさい」
      「願ったらこれだもの。もういいわ」
      「わたし達は図々しいから、きっとムードなんて気にしないで、まずは行動に出るでしょ」

      「・・・・・・・!あなたはいつも突然するんだから・・・・」
      「こんなふうにね。嫌いじゃないでしょう?」
      「知っていることを聞かないで・・・それと、キスした後、私をみつめないで」